「見ろよ、あれがランダルだぜ。」

  偶々一緒に酒を飲んでいた顔見知りの賞金稼ぎ達が、絶賛チーズと格闘中のマッドにそう声をか
 けた。
  出された『ランダル』という言葉が何を指し示すのかが分からず、マッドはチーズをハムで巻き
 込もうとしていた手を止め、顔を上げた。わざわざマッドに言うほどの事なのだから、何か相当珍
 しいものなのだろうかと思っていると、そこにいたのは薄茶色の髪と眼をした青年だった。
  どちらかと言えば色素の薄い色合いは、この西部では珍しいのかもしれないが、しかし取り立て
 騒ぐほどのものでもない。
  不審そうなマッドの表情に気づいたのか、一緒に飲んでいた賞金稼ぎはその青年に対する説明を
 付け加える。

 「最近、頭角を現してきた賞金稼ぎでさ、あの三千ドルの賞金首カラストをとっ捕まえたんだ。」
 「…………へぇ。」

  あまり興味もなく、自然と相槌もおざなりなものになる。そんな事よりも、チーズのほうがよっ
 ぽどか魅力的だ。
  そんなマッドの様子に気づいたのか、彼らは少し声を低めた。

 「おいおい、とっ捕まえったっていっても生け捕りにしたんだぜ。そこいらにいる小物なら生け捕
  るのは簡単だろうが、三千ドルの賞金首となると生け捕るのは簡単じゃねぇ。大物の賞金首とな
  ると逃げ脚も早いし、生かして捕まえようとすればこっちが撃ち殺される可能性だってある。」
 「ああそうだな。」
 「にもかかわらず、だ。ランダルは無血を貫いている。あいつは賞金首を必ず生け捕りにするんだ。」
 「へえ、そりゃ凄い。」

  しかし、マッドの声にはやはり興味というものが欠けていた。むしろ彼の意識はほとんどチーズ
 に向いてしまっていると言っていい。
  チーズとの格闘を本格的に再開した西部一の賞金稼ぎに、彼の仲間は顔を見合わせる。マッドは
 基本的には群れる事のない男だが、それでも彼らは単発の仕事とはいえマッドとは長い付き合いを
 している。だから、マッドがランダルに本当に興味がない事が、すぐに知れた。
  お人好しで面倒見の良い性格ではあるが、同時に何処までも気まぐれな男は興味を見せる瞬間と
 そうでない瞬間の落差が激しい。興味を持てば何処までも追いかける癖に、興味がない時は何をし
 ても反応しない。

  だが、己の地位を脅かす可能性のあるランダルに対してまで、そんなので良いのだろうか。
  ランダルは今やマッドに次ぐ賞金稼ぎの地位を確立しつつある。その容姿はマッドに引けを取ら
 ず、柔らかな物腰も娼婦の間では人気を呼び、それは荒くれた男達の間にも浸透しつつある。
  彼らの中には、無血を貫くランダルのほうが、マッドよりも強いのではないかと言う者さえいる
 のだ。
  むろん、全ての娼婦や賞金稼ぎがそう思っているわけではない。むしろ、経験の深い彼らほど、
 ランダルの貫く主義が実は『危うい』ものである事に気づいている。
  だが、人を殺す事に慣れない者――幼い者達は特に、ランダルへと心惹かれるのだろう。彼らの
 大半は経験も浅く、弱く、それ故に群れなくては生きていけない。そしてその群れはそのまま、派
 閥へとすり替わる。
  今、西部にいる無数の賞金稼ぎ達は、マッド・ドッグという一人の並はずれた賞金稼ぎの下で抑
 えこめられているが、ランダルという新しい存在によってその組織が崩れ去ろうとしているのだ。
  マッド自身には派閥や組織を作って、それをまとめ上げているという意識はないだろう。しかし、
 マッドが西部一の賞金稼ぎである事実は動かし難く、その圧倒的な力の前に、ならず者と紙一重の
 賞金稼ぎ達は膝を折ってきたのだ。
  それが、一度でも崩れてしまえばどうなるか。マッドの力が万能でないと知れた時、賞金稼ぎ達
 の多くは何も感じないだろうが、しかし一部の悪質な賞金稼ぎ達はこれ幸いとばかりに牙を剥くだ
 ろう。それを危惧している者は、少なくない。
  だが、当のマッドはと言えば、何処までもランダルについては無関心だった。それどころか、そ
 の名前さえ今初めて聞いたくらいだ。いやそもそも、マッドは別に誰が無血主義に拘っても構わな
 い。マッドの邪魔さえしなければ。
  だが、ランダルのほうではそうではなかったようだ。
  よくよく見れば、幼い、または経験の浅い賞金稼ぎ達に囲まれたランダルは、マッドを見つける
 と、露骨に顔を顰めて見せたのだ。

 「おい、こっち睨んでるぜ。」
 「放っておけよ。」

  尤も、マッドには関係のない事だが。というか、同業者に睨まれる事など、今回が初めてではな
 い。駆け出しだった時は、縄張りを荒したとかわけのわからない理由で、襲われた事もあるくらい
 だ。いちいち気にしていたらきりがない。

  マッドはハムでチーズを包みこみ、それを口の中に放り込む。とろりととろけるチーズが美味い。
 少し辛めのワインも、値は張るがマッドの好みだった。ボトルで貰って行こうかな、と考えるマッ
 ドの思考には、もはや幼くして賞金稼ぎに身を落とさねばならなかった少年の群れも、その中央に
 いるランダルの事も欠片もない。
  完全に食事にご満悦の西部一の賞金稼ぎに、彼の仲間は溜息を吐く。
  マッドが幸せそうなのは宜しい事なのだろうが、しかしそれが嵐の前の静けさにならないと誰が
 言えようか。ランダルが、悪質な賞金稼ぎどもと手を組む事は考えにくいが、しかし瓦解が始まれ
 ば止まらないだろう。
  そうなれば、この荒野は再び混沌とした大地に戻るだろう。賞金稼ぎが賞金首に翻り、銃を持た
 ぬ者達の血が流れる。それを、ランダルは分かっていないし、マッドも。

 「分かってるさ。」

  唐突に口を開いたマッドの声は、笑いを含んでいたが、何処かひやりとするものがあった。それ
 は、先程までの興味のなさそうな声からは一転した、鋭いものが撓められた音を成していた。

 「昔に比べりゃ、このへんは大分落ち着いてきた。賞金稼ぎの中でも性質の悪い連中は、かなり減
  ったしな。けどな、それがまたぶり返すかどうかは、誰にもわからねぇ事だろ?」
 
  マッドは、自分が西部の賞金稼ぎ達の頂点にいる事を良く知っている。しかしそれが何らかの抑
 止力になるとは微塵も思っていない。自分よりも腕の立つ賞金稼ぎが現れれば、この座はあっと言
 う間に失われてしまうのだ。そんな儚い玉座でしかないものに、誰がそこまでの意味を見出すとい
 うのか。少なくともマッドは、ランダルがその座に座った時、彼が頂点だからといってその主義に
 付き合いはしないだろうと思う。

  そう、マッドはランダルの主義主張については、あまり好ましく思っていないのだ。冷やかに見
 やって、哀れみさえ感じている。きっと、ランダルを『危うい』と感じている者達は、皆、一様に
 そう思っている事だろう。

 「無責任。」

  マッドはランダルを小さく見やってから、低く響かない声で、そうとだけ言った。
  その言葉に、なんだか歯噛みをしているような顔だった賞金稼ぎ仲間達がはっとする。その表情
 に、マッドは苦笑いを浮かべた。用意してもらったワインのボトルを受け取り、マッドは席を立つ。

 「お前らの言いたい事は、分かってるよ。」

  この荒野は、血で血を贖ってきた。それは今もそうだ。マッドのいる頂点の玉座も、裏返せば夥
 しい血で汚れている。
  それは、全ての賞金稼ぎが無血に拘っても、変わらない。何故ならば、賞金首は生け捕りにした
 ところで、大半は縛り首になるからだ。銃で撃ちぬこうが、絞首刑の台に送り込もうが、結果は同
 じ。自ら引き金を引いたか、最後の一瞬を他人の手に任せたかの違いがあるだけだ。
  賞金首を殺すという意思は、賞金稼ぎである以上、誰しも持っているものだ。賞金を受け取った
 時点で、言い逃れは出来ない。
  ランダルがそれに気付いているのかどうかは知らない。けれどもその無血主義が、賞金首という
 システムの裏側まで知っている者にしてみれば、無責任に見えるのだ。
  それを、教えてやるべきだろうか?
  思ってマッドは首を横に振った。
  いいや、そこまでしてやる必要はない。
  西部一の賞金稼ぎは、決して他の賞金稼ぎを支配しているわけではないのだ。