賞金稼ぎ達が集めた情報を受け取ったのは、サンダウンだった。
  点々と潜伏場所をを移動し――移動しすぎるのは良くないが、一つの所に留まり続けるのは危険
 だという事は、サンダウンもマッドも分かっている――その時の塒は、かつて強姦殺人犯が潜伏し
 ていたというゴースト・タウンの隅にある地下道だった。
  一般人ならば引いてしまうであろう場所を潜伏場所に決めたのは、むろんそういった意図も含め、
 また強姦犯が長い間潜伏して見つからなかったという実績からだった。
  そこを選んだのはサンダウンで、サンダウンが保安官時代にその犯人を捕まえたのだという事は
 古い話でマッドは知らない。そして情報を持ってきた駆け出しの賞金稼ぎの少年も、その事は知ら
 ないだろう。
  少年は現れたサンダウンに、疑いもせずに情報をしたためた文書を渡した。少年はサンダウンが
 賞金首である事を知らないらしい。だが、むしろ顔を知らぬ相手に簡単に預かった情報を渡しても
 良いのかと、いらぬ不安を抱く。
  しかし、そこにはちゃんとマッドの手が回っていた。

 「いない時は、言われた場所にいる、小汚い概ね茶色ののっそりと背の高いおっさんに渡せって。」
 「……………。」

  マッドの自分に対する外見の評価に、サンダウンは憮然とする。そんなサンダウンに、それじゃ、
 とだけ言い残し、少年は去っていった。長居は無用、とでもマッドに言われたのかもしれない。
  一人取り残されたサンダウンは、する事もなく、のそのそと情報の書かれた紙を見る。そして、
 小さく溜め息を吐いた。疲れや呆れなどの徒労からくる溜め息ではない。これは、感嘆の溜め息だ。
  賞金稼ぎ達が掻き集めた情報は、概ねマッドの推測を裏付けるものだった。

  サクセズ・タウンの町議会に、保安官に任命するように掛け合っていた男がいるという事。その
 男は長年別の町のタウンス・マーシャルを務めていたが、年齢の事もあり、そろそろ解任されそう
 だ。しかし、身寄りのない男は保安官という高級な職を手放したくない。そこで、特に大きくもな
 いサクセズ・タウンへの異動を掛け合っていたらしい。
  男は、かつては銃の腕で名を馳せ、それを以て保安官に任命された。それをちらつかせ、クレイ
 ジー・バンチに牛耳られているサクセズ・タウンへの異動を迫ったのだろう。
  年齢的に保安官の任を解かれる、と言っても、それは四十代前後だ。保安官の給料は、年齢が高
 くなればその分増えていく為、四十代前後になれば任を解かれる。だから、男がクレイジー・バン
 チを追い払うと口にしてもおかしくはない。
  だが、男の願いは果たされない。
  サンダウンとマッドが、クレイジー・バンチを潰してしまった事で、男をサクセズ・タウンに異
 動させる意味がなくなってしまったからだ。町としても年齢の高い――つまりは高給取りの保安官
 を配置させるのは避けたいところだろう。だから、男はサクセズ・タウンの保安官にはなれなかっ
 たのだ。
  むろん、だからと言って、男が殺しの依頼をかけたとは限らないのだが。
  賞金稼ぎ達から齎された情報の最後の一文。
  男が赤毛と何度も逢っているのを見た人間がいる。それも複数。
  やれやれ、とサンダウンは溜め息を吐く。溜め息を吐いた相手は、この場にいない賞金稼ぎの王
 だ。
  此処まで推論が当たっている事も、此処まで情報を掴んでくる網を持っている事も、普通の賞金
 稼ぎでは考えられない。基本的には好き方向向いている賞金稼ぎ達をこうして集う事が出来るのは、
 一種の才能か。
  むしろ、何故賞金稼ぎなどやっているのか。
  これほどまで聡明ならば、賞金稼ぎなど薄暗い職業に落ち着かなくとも良いはずだ。いっそ、誰
 かの眼に留まって連邦保安官に就任されても良いはずだ。銃の腕だけを買われたサンダウンよりも、
 むしろ彼のほうがその任に当たるべきではないのか。
  誰にも媚びない彼ならば、権力者と癒着する事もないだろう。強気な視線は、ならず者如きに怯
 えて言いなりになる事もないだろう。自分一人の手では負えぬ事があっても、人を募り対処するだ
 ろう。
  きっと、自分のように、銃の腕によって血を呼び込む事はないはずだ。
  もしも、と考えても仕方のない事を考えてみる。
  もしもマッドが、サンダウンがまだ保安官在任中に、サンダウンの前に現れていたなら。きっと
 まだ賞金稼ぎとしても駆け出しで、身体は未発達だろうが、サンダウンは少年の域を出ない彼に、
 全てを譲ったはずだ。もしくは、彼が成長するまで助手として手元に置いたか。
  いずれにせよ、血の呼び込みは、サンダウンが賞金首になる以外の方法で止まったはずだ。
  それはもう望むべくもないのだけれど。
  思っていると、ふっと空気が変化した。
  マッドが帰ってきたのだ。
  だが、その気配にサンダウンは眉根を寄せた。きぃ、と小さな音を立てて地下道の扉が開き、微
 かな足音を立ててサンダウンの元へと降りてくる。
  暗がりの中に浮かび上がったマッドを見て、サンダウンは更に眉間の皺を深くする。一見して見
 れば平素と変わりない様子。だが、そこに漂う気配は静かに見えるが、今にも噴火しそうな火山、
 或いは堰を切ろうとしている洪水の様相をしている。

 「ああ、情報、受け取ったんだな。」

  声ですらいつも通りに吐く男に、サンダウンは静かに問う。

 「何が、あった。」
 「何もねぇよ。」
 「マッド。」

  素っ気ない返しに、サンダウンは距離を詰め、マッドの形の良い顎を掴むとその眼を覗き込む。
 相変わらず宇宙の果てのように混沌とした瞳は、そこで踊る光からは情報量が多すぎて全てを読み
 取る事は出来ない。だが、マッドの中に炎と氷の相反する感情が渦巻いている事は分かる。
  激しい怒りを噴き上げるマッドと、それを押し殺し狡猾に事を進めるマッドと。

 「気付かないと、思うのか?」

  そう問えば、マッドの眼が大きく波打った。同時に奔流のような感情が瞳の中で吹き荒れ、その
 激しさにサンダウンのほうが眼を逸らしそうになった。

 「………………娼婦がな、一人殺されたんだ。」

  ようやく返ってきた声は、殊更低く、感情を欠いていた。

 「俺の知らない娼婦だ。その町のサルーンでは格下の娼婦だってよ。何に巻き込まれてもおかしく
  ねぇ。だがな、その娼婦を赤毛の男がつけてたっていう奴がいた。」
 「…………………あの男に、殺されたのか。」

  しかし何故。
  サンダウンの声が聞こえたのか、マッドはふっと口元を歪め、笑みを刷く。

 「俺が昨日の昼、出かけたの覚えてるよな?」
 「ああ………一時間ほどで戻ってきたが………。」
 「娼婦に逢いに行ってたんだよ。殺された娼婦がいる町の。ただし格はずっと上だぜ。」

  その娼婦に、何か変わった事がなかったか聞きに行っていたのだと言う。自分の事を聞きにきた
 男がいなかったか。そんな男が来たら、知っている事は全部話すように、と。そして出来る限り馴
 染みの客をとって一人にはならないようにするように、と。
  彼女はマッドの言葉通り、馴染みの賞金稼ぎ――マッドとも顔馴染みだという――とその夜は過
 ごした。

 「その日は、あいつ黒のドレス着てたんだよ。」
 「…………。」
 「で、殺された娼婦も同じ黒のドレスを着てた。ついでに髪も同じように高く結い上げてた。」
 「…………間違えた、か。」

  途端に、マッドの瞳の中で渦巻く奔流が激しくなる。

 「ああ、みてぇだな。あの『死の天使』は、ろくに確かめもせず、撃ち殺しやがったらしい。お笑
  いだぜ。『死の天使』ともあろう者が、人違いだとよ。よく見りゃあ顔が違う事くらい分かるだ
  ろうに。髪型だって微妙に違っている上に、装飾品だって違う。いや、それ以上に娼婦の上下関
  係も見抜けねぇのか。それとも、お偉い『死の天使』様には、娼婦の顔なんぞ全部同じに見える
  ってのか」

  いい加減にしやがれ。
  吐き捨てるように呟いたマッドは、天使を名乗る男の卑俗さにはっきりと不快感を示している。
 いや、マッドは最初から赤毛に対してその思いを持っていた。それは、男の卑俗さを見抜いていた
 からか。

 「何様だ、あいつは。『死の天使』なんて御大層な名前で呼ばれてる癖に、この様かよ。人違いだ?
  笑わせんな。おかげで、俺と一緒にいた娼婦は自分を責めてやがる。自分と間違われて殺された
  事で、ずっと泣いてやがる。天使だったら何しても許されるってか?悪魔を名乗って犯罪繰り返
  してる馬鹿と同じ発想だな。所詮人間の分際で、人間の法の下で生きてやがる癖に。」

  神を名乗る人間も、悪魔を気取る人間も、天使を語る人間も、魔王を自認する人間も。
  所詮最後は人の情に縋りつく癖に。

 「俺もこちゃごちゃと依頼人なんか捜さずに、あいつをさっさと撃ち殺しときゃ良かった。あの男
  が言葉通り『死の天使』に見合った実力の人間だと信じなきゃ良かった。人違いをする間抜け野
  郎だって事に、さっさと気付くべきだったんだ。」

  激昂もせずに、淡々と告げるマッドは、怒っているのだ。みすみすと娼婦を殺された事に、怒っ
 ている。全ての娼婦に気を回せなかった自分の不手際に、『死の天使』を名乗る人間がただの人間
 でしかない事を忘れていた不手際に怒り狂っている。その不手際の所為で、不要な涙が流れている
 事に、怒り狂っている。
  そして、人の癖に人外になろうとしている人間の愚かさに。

  喉の奥で激昂を噛み殺しているマッドの姿に、サンダウンはその身体を抱き締めてやりたくなっ
 た。
  サンダウンも愚かにも腹の底に魔王を巣食わせている人間だ。そしてマッドがその魔王を滅ぼし
 に来るのを待っている。その勇者であるマッドが、何処までも人間として生きようとしている事に、
 どうしようもなく愛おしいと感じる。

  だが、実際に抱き締める事はせず、代わりに問い掛ける。

 「………今夜、行くか?」

  依頼人が誰かも分かった。もう、狂犬が大人しく鎖に繋がれている必要はない。それに何より、
 嘆きの砦である彼が、娼婦の嘆きを受け取っている。
  そして思った。そうだった、彼は嘆きの砦だった。保安官のように正義の御旗ではない。正義の
 御旗が採り零した嘆きを救い上げるのが、彼だった。そこには踏み躙られた正義の嘆きも含まれて
 いる。

  賞金稼ぎの顔をしたマッドが、サンダウンを見て頷く。

 「ああ。」

  マッドの声は低く、そして冷徹だった。

 「あの天使様に、人間の世界の厳しさってのを、教えてやらねぇとな。」