唐突に押しかけてきた男達に、クリスタル・バーのマスターは磨いていたグラスを取り落としそ
 うになった。
  訪れる客といえば町の若者数人か、時折流れ着いてくる行商人や旅芸人くらいしかいない、うら
 ぶれた酒場だが、しかしクレイジー・バンチに牛耳られていた一時に比べれば、遥かに穏やかな時
 間となっている。
  そこに雪崩れ込んできた男達からは、クレイジー・バンチと同じならず者の臭いがする。はっき
 りと問題を起こしそうな連中に、マスターが息を呑んだのも無理のない事だった。
  シャカシャカと旅芸人のマラカスの音が鳴り響く中――それも途中で仲間の旅芸人達の手によっ
 て止められたのだが――男達はゆっくりと、獲物の気配を窺う肉食獣のように酒場の中を見回す。
 その先頭に立つ赤毛の男が、ブーツの硬質な音を響かせて、カウンターに近付いてくる。

 「………サンダウン・キッドとマッド・ドッグは来ていないか。」

  男の口から出た名前は、マスターにとっては思いもかけないものだった。だが、それを喉の奥に
 押し殺し、答える。

 「そんな人間は、一度も来た事がないね。」

  あの二人がクレイジー・バンチを倒した事は、このサクセズ・タウンの中だけで周知されている。
 それ以外の場所には決して口外しないようにと皆で決めた。
  だが、赤毛はふ、と鼻先で嗤う。

 「残念ながら、その二人がこの町を救った事は分かっている。そしてそのおかげで………。」
 「何事かね!」

  赤毛の言葉を遮るようにして、ウエスタン・ドアが大きく開いて保安官が飛び込んできた。銃を
 携えた保安官の姿を見て、赤毛はもう一度鼻先で嗤う。

 「そのおかげで、あの保安官は、保安官の任を解かれずに済んだのだからな。」

  赤毛の言葉に、マスターも保安官も眼を見開く。
  二人のその様子を一瞥し、赤毛の男は身を翻す。来た時と同じく硬質な足音を響かせて、酒場を
 出て行く。
  大勢の足音がそれに重なり、その音はウエスタンドアを通り過ぎて砂を食む音に変わる。幾つも
 の馬の嘶きが聞こえ、そして馬蹄が響き始める。大軍が去った後のサクセズ・タウンの通りには、
 踏み砕かれたタンプル・ウィードの塊と土埃が待っていた。
  それを、ウエスタン・ドアの隙間から、旅芸人の一座がじっと見ていた。




 「なるほどなぁ。」

  幾つもの手を経て渡されたメキシカンな旅芸人三人からの手紙を見て、マッドは納得したように
 薄暗い穴倉で呟いた。
  マッドが顔見知りの旅芸人達に、赤毛の『死の天使』アランの一味を探らせたのは数日前の事だ。
 幾つかの町で、奴らはマッドとサンダウンの居場所について聞き込みをするだろう。その中で真っ
 先に、そして長期に渡って見張る可能性があるのが、マッドとサンダウンが救ったサクセズ・タウ
 ンだ。
  恩義を感じて、身を匿うと考えてもおかしくない。そして、マッドとサンダウンが二人同時に狙
 われる理由となったのがその町ならば、そこで何らかの情報が得られるかもしれない。
  だから、一番可能性の高い場所に、一番間諜らしくない旅芸人三人を向かわせたのだ。
  そして三人は、その役目を果たしてくれた。
  三人が得た情報は、何十人もの賞金稼ぎの手を経て、マッドの手にやってきた。三人に見張りが
 付いていた場合の事を考え、マッドは直接受け取る事はしなかったのだ。

 「つまり、あの町の保安官が止めてくれねぇと困る奴がいたわけだ。」

  そして、その人物こそ、アランに殺しを依頼した人間だろう。

 「でも、保安官が止めて得する人間って、誰だ?」

  マッドは独り言のように呟いているが、おそらくサンダウンに聞かせる事を目的としているのだ
 ろう。暗がりの中でサンダウンはマッドを見る。そして呟く。

 「………犯罪者はせいぜい溜飲が下がる程度だ。拘置所にいる犯罪者は、後任の保安官が釈放でも
  しない限り、拘置所に放り込まれたままだからな。」
 「それじゃねぇのか?」
 「……………?」

  サンダウンは、マッドの言葉に首を傾げる。

 「あの町の拘置所に、犯罪者が放りこまれていたか?」

  そもそも、犯罪が起こるような大きな町ではない。起きてもせいぜい身内同士の小競り合いだろ
 う。そう言うと、マッドは首を振った。

 「そうじゃねぇよ。後任の保安官ってとこだよ。保安官の座を狙ってる奴がいるんじゃねぇのかっ
  て言いてぇんだ。」

  保安官の給料は大体50ドルの固定給がある。これはカウボーイの給料の2倍だ。大きな町ならば、
 100ドルの給料もざらではないが、サクセズ・タウンは小さいからそこまで高くはないだろう。だ
 が、普通の職業に比べれば高給取りだ。その座に付きたい人間は大勢いるだろう。

 「………だが、保安官になるには、町議会の推薦が必要だ。」
 「町議会の推薦だけで良いんだよ。連邦保安官と違ってな。」

  連邦保安官は州知事により任命される必要があるが、それに比べて普通の保安官は町議会で推薦
 されるだけで良い。

 「大方、サクセズ・タウンなら仕事も対してないだろうと思って、狙ってる奴がいるんだろうよ。
  普通の保安官――タウンス・マーシャルなら、銃の腕を見こまれて賞金首が勤めてる町もあるく
  らいだぜ?美味そうな匂いを嗅ぎつけたならず者が、流れ込もうとしてるのかもしれねぇ。」

  クレイジー・バンチに支配されていたならば、それを理由に町議会を説得する事も出来たかもし
 れない。だが、実際はマッドとサンダウンがクレイジー・バンチを潰してしまった。表向きはクレ
 イジー・バンチはサクセズ・タウンの保安官が潰した事になっている。だから、町議会を説得して、
 保安官を止めさせる事は難しいだろう。

 「だから、それを恨んで、私達を狙っている、か………。」
 「おう。」
 「だが、証拠もない上に、そういう人間がいるかどうかも分からない。」
 「それを今から探すんじゃねぇか。とりあえず、一つの目処が立ったんだ。まずはそれを重点的に
  攻めていく。」

  マッドは暗闇でキラキラと眼を光らせた。





 「なんだい、あんた?」

  夜の闇の中、一人の娼婦が自分の後を付けてきた男に怪訝な声を掛けた。今にも消えてしまいそ
 うに明滅する街灯の下、男の髪が赤い事が分かった。その下にある顔は秀麗だが、表情がない為、
 人形のようで、それが返って不気味だ。

 「あたしに何か用があるのかい?」

  妖艶な黒いドレスを翻して身体ごと振り返れば、そこには黒々とした銃口が開いており、彼女は
 ひっと息を呑んだ。

 「………マッド・ドッグの居場所を知っているな?」
 「し、知らないよ。」

  男の言葉に、彼女は首を振る。
  だが、男は掲げた銃口を下げない。

 「お前がマッド・ドッグと歩いていた事は分かっている。さっさと吐け。」
 「本当に知らないよ!あたしはマッド・ドッグに買われた事はないんだよ!」
 「嘘を吐くな………昼間、お前がマッド・ドッグと逢っているのを見た人間が何人もいるんだ。」

  だが、娼婦は首を必死になって横に振る。
  事実、この娼婦はマッド・ドッグを見た事はあっても、話をした事はないのだ。マッドが買う娼
 婦はいつも立場の上の娼婦で、この娼婦はサルーンの売春宿の中でも一番格下だった。
  しかし、そんな事は男には分からなかったらしい。

 「ならば、此処でお前を殺し、ゆっくりとお前の部屋を捜させて貰おう。」

  言うや否やの弾指、鋭い銃声が彼女の頭の中に撃ち込まれた。