サンダウンは、うらぶれた街角で突如として現れた男を、胡乱な眼差しで見やった。
  日も暮れた街は、ゴールド・ラッシュの波が引いた後の寂れた空気もあってか、夜が近付くのが
 早い。それ故、街角には一際濃い闇が蟠っている。
  その、幾つかの闇の中の一つに、サンダウンは微かな鋭さを視線に込めて見た。先程から、ずっ
 とこちらを窺っている気配。それは自分を付け狙っている賞金稼ぎの良く知る気配ではない。彼は
 サンダウンと対峙する時、闇に隠れるような真似はしないし、何よりも複数の人間を伴う事もない。
  それに、纏う空気の、この不快感。
  死臭のように感じる気配は、まるでハゲワシのようだ。
  だから、サンダウンが赤毛の男を見た時に感じた第一印象は、死肉を貪る鳥だった。
  闇の中から静かに現れた赤毛の男を、サンダウンは感情の籠らない眼で見る。赤毛の男も、サン
 ダウンと同じように感情の籠らない眼でサンダウンを見た。
  秀麗だが、能面のようなその顔に、サンダウンは人形のようだと思う。同じ秀麗な顔立ちをして
 いても、マッドの表情は変化に富んでいる。蝶々が閃くようにコロコロと変化する顔と、眼の前に
 ある動かない顔を比べれば、後者は飾られるしか能がなく、そしてそのうち飽きるだろう。
  実はマッドと同じ感想を持っているなど全く思わず、サンダウンはつらつらと眼の前にいる男を
 評価する。

 「サンダウン・キッド、だな。」 

  赤毛から転がり落ちた声も、また、骨のように無機質なものだった。何の色も持たぬ声に、ただ
 のならず者のほうがマシな声だと思っていると、赤毛は更に口を開く。

 「恨みはない。だが、此処で死ね。」
 「…………。」

  壁のようにあちこちから、自分を狙う気配が吹き上がる。うらぶれた街の中に幾つも立ち上がっ
 たそれらに、サンダウンは咥えていた葉巻を離す事もせず、ただ赤毛を見やっただけだった。
  無反応のサンダウンに、赤毛は更に呟くように告げる。

 「安心しろ、一瞬で終わる。そしてお前を殺した後は、あの賞金稼ぎもすぐに葬ってやる。」

  だから、あの世でまた追いかけっこでもするがいい。

  もしかしたら、それは気障に吐き捨てたつもりだったのかもしれない。
  だが、サンダウンは赤毛の吐き捨てた言葉の意味に眼を瞠る。自分が狙われるのは分かるが、自
 分を狙う賞金稼ぎまで狙っているというのはどういう事か。
  しかし、サンダウンがそれに対して疑問を呈している猶予は与えられなかった。
  がちゃり、という硬質な音があちこちで無秩序に聞こえた。銃を引き抜き、狙点を合わせる気配
 がする。そして眼の前の赤毛も。その赤毛が掲げている銃を見て、サンダウンは内心で軽い舌打ち
 をした。
  赤毛が構えているのは散弾銃。銃弾が四方に飛び回るそれは、一度に何発もの銃弾が吐き出され
 る事から、先の南北戦争でも多用された。精度は低いものの、無数の銃弾を吐き出すそれが、対峙
 する側にしてみれば如何に鬱陶しいものであるのか、サンダウンは良く知っている。
  しかも、眼の前の男が持っているのなら、周りにいる連中もそれを持っていると考えたほうが良
 いだろう。数の暴力とはこの事を言うのだ。
  一瞬でも身を隠せる場所があれば、上手くいけば同士撃ちを狙えるだろう。そう思い、サンダウ
 ンは周囲を見回すが、そんな浅はかな考えは流石に向こうも気付いていたのか、逃げ込めそうな場
 所に人員を配している。
  周囲の気配の数を数えながら、隠れたりともせずとも、切り抜けぬわけではないとも思う。だが、
 同士撃ちを狙うよりも遥かに危険度は高い。
  サンダウンが意を決して、素早くホルスターに手を伸ばし、誰から撃ち抜くかを計算した、その
 時。

 「ぎゃあ!」
 「ぐげっ!」
 「ふがっ!」

  お世辞にも上品とは思えない叫び声が、あちこちから聞こえた。その瞬間に、残る気配が銃を構
 える音がする。赤毛の男も、引き金に指を掛けた。
  が、それらを無慈悲にも薙ぎ倒さんとして、真っ赤な炎が頭上を舞って降りかかってくる。
  これには、流石にうろたえた声が上がった。そのうろたえた声を置き去りにして、サンダウンは
 落ちかかる火の粉の下を掻い潜って、散弾銃の袋小路から抜け出そうと試みる。
  しかしその背後で、赤毛の冷静な声が上がった。

 「ふ……同じ手が何度も通用すると思ったか。」

  冷静に状況を判断し、再び銃口をサンダウンの背に向ける動きを察知し、サンダウンは銃を引き
 抜き背後目掛けて撃ち払う。狙点を合わせもしなかったそれは、しかし男の軽い呻き声から、男の
 銃を弾き飛ばしたのだという事が知れた。
  それに対して深追いはせずに、サンダウンはうろたえる男達の声が響く中、赤い炎が飛んできた
 方向へと向かう。
  街角の喧騒がこちらに近付かない事を十分に認識しながら、寂しい路地裏の奥まった場所。いつ
 でも街から抜け出せるようにと柵が壊れた場所に、闇色の馬がぬっと突っ立っている。
  その傍に、一際存在感を放つ影が。

 「よお。」

  その端正な顔に、憮然とした表情を浮かべ、マッドはサンダウンに声を掛けた。




 「だから、俺の所為であんたがあの変態共に襲われてねぇか、様子を見に来てやったんだよ。そし
  たら案の定襲われてやがるから、ってか、あんただったらあんな変態くらいすぐに撃ち落とせた
  だろうが。」

  手間掛けさせんじゃねぇよ。

  ぶつぶつと呟くマッドと、騒ぎに巻き込まれないうちにと街を離れて、随分と時間が立った。辺
 りには乾いた風が吹き荒むだけで、他に気配はない。
  それを確認しながら、サンダウンはマッドの台詞に首を傾げていた。

 「あの男は、お前の事に関係なく私を狙っていたようだったが?」

  マッドは自分を狙う殺し屋が、マッドが確実に現れる場所――この場合はサンダウンのいる所―
 ―に現れたのだと言うが、あの赤毛の口調からはそういった節は見当たらなかった。あの赤毛は、
 サンダウンを殺した後にマッドを殺すと言ったのだ。マッドの言葉に沿うならば、別にわざわざサ
 ンダウンまで殺す必要はない。

 「じゃあ何か。あの変態はあんたも狙ってたってのか。」
 「おそらくな………。
 「つーか、それなら、なんで俺とあんたが一緒になって狙われなきゃなんねぇんだよ。あいつに殺
  しを持ちかけた依頼人が、俺とあんた別々に恨みがあったってのか?」
 「それは分からん………。」

  それよりも。
  サンダウンはちらりとマッドを見やる。マッドが、あの赤毛を変態呼ばわりしている理由が気に
 なるのだが。何かされたのだろうか。
  しかし、そんなサンダウンの視線に気づかぬマッドは、首を傾げている。

 「俺はあんたと一緒になって盗みをした事も、宿代踏み倒した事もねぇしな………。あんたみたい
  な賞金稼ぎと一緒に狙われるのは非常に不本意なんだが。」
 「………………。」

  思わず、一緒になってシミーズを盗んだあれはどうなる、と言い掛けて、サンダウンは止めた。
 言っても虚しいだけである事に気付いたからだ。
  そしてその虚しい気持ちと一緒に、はたと気付く。

 「サクセズ・タウン、か………?」

  マッドと共同で何かをしたとなれば、その地における事くらいだ。あの地を、クレイジー・バン
 チから守った事が原因で、誰かから恨みを買ったのではないか。

 「…………つってもな。」

  サンダウンの言葉に、マッドは自分の愛馬を見やる。あの一件で、一番恨みを持っている者と言
 えばクレイジー・バンチを率いていたO.ディオなわけだが、その当の本人は積年の憎しみが失せ、
 馬に戻ってマッドの愛馬として暮らしている。

 「あいつ、今の生活に満足そうだぜ?」

  サンダウンの馬と、のんびり毛繕いし合っているディオを見れば、恨みも憎しみもない事は一目
 量然だ。そんな愛馬の様子に溜め息を吐き、マッドは呟く。
 
 「まあ、他に手掛かりもねぇし、そこから手を付けるか。」