最初というものが、いつであったのか、それはきっと互いに正確には覚えていないだろう。
 自分がこれだ、と思う時と、彼がこれだと言う時は、必ず異なっている。彼と自分が出会ったその
時も、だからきっと違っている。
 どちらが正しいわけでもない。
 どちらも正しく、ただただ出会いの認識が違うというだけの話だ。
 ただ、自分にとっては、サンダウン・キッドにとっては、その出会いは硬質な足音が耳朶を打った
時だった。それが最初の邂逅だ。




Amen Amen Gospel Amen




 すべてが力と金で推し量れる荒野において、サンダウンの立ち位置はそういう意味では最上にある
のだろう。
 並々ならぬ銃の腕と、その首にかけられた五千ドルという法外な賞金。これを越える賞金を懸けら
れた賞金首といえば、銀行強盗と列車強盗で有名なかのジェシー・ジェームズくらいなものである。
 ただ、サンダウン・キッドとジェシー・ジェームズ達で異なる事といえば、後者は明確に何をしで
かしたのかが分かっているが、前者は何をして賞金首になったのか分からないという事だ。
 ジェシー・ジェームズは先に述べた通り、銀行強盗と列車強盗――あとは強盗と名の付くもの全て
をしでかした。あまりの被害の多さに、列車会社が賞金を出したほどだ。
 一方のサンダウンは、人によって言う事がまちまちなのだ。人を撃ち殺したのだというものが一番
多いのだが、その撃ち殺した動機がなんともあやふやだ。動機など後からついてくるものだ、と言う
事も出来るが、サンダウンの場合は本当にただ殺すだけなのだ。死体から何かが奪われているという
事もなければ、切り刻んだ跡もなく、それどころか死体を隠そうとした形跡もない。
 そもそも、サンダウンの場合、賞金を懸けられる事になった一番最初の事件を、誰も知らないのだ。
 それもそのはず。
 最初の事件、など何処にもありはしない。
 サンダウンが賞金首になったのは、自分で自分の首に賞金を懸けたのが最初だ。そこには一滴の血
も流れていない。
 いや。
 サンダウンがそれを聞けば、否定するだろう。
 そこに至るまでに、多くの血が流れたのだ、と。サンダウンとの決闘目当てに、無法者どもが大勢
押し寄せ、サンダウンがいる街に破綻目前の喧騒を齎したのだ、と。そこには確かに血も流れていた
のだ、と。
 だから、サンダウンは自分を撒き餌のように、ならず者達を街から引き剥がすために、自らに賞金
を懸けて、街から出て行った。
 けれども、そんな事を知っている人間はごく僅かだ。サンダウンがそれをしてから何年経ったか分
からないが、その間にも真実を知る者は減り続けている。
 それに、サンダウンを追いかける賞金稼ぎが、賞金首の仕出かした事を気にするだろうか。するは
ずがない。賞金首の過去を暴こうとする者など、いるはずがない。
 だから、サンダウンは今日も賞金稼ぎを振り払い、一人荒野を彷徨うのだ。そこ以外に、居場所な
どない。
 荒野というのは、本当に不思議なところだと思う。
 サンダウンは、西日が本日最後の赤い光を名残惜しそうに投げかけるのを見やる。背の低い草しか
生えていない赤茶けた大地は、西日を受けていよいよ赤い。
 生命の薄い大地は、そこで生きるにはありとあらゆるものが足りない。しかし一方で、行き場のな
い自分のような生命を無言で受け入れてくれる。
 そうだ、それは死によく似ている。
 普通の人間ならば恐れ拒むであろうそれは、しかしあらゆる者に対して平等で静かに受け止める。
 そういう荒野でなくてはサンダウンは生きていけないし、死以外にサンダウンに安寧を齎すものは
この先現れないだろう。
 いっそ、と思う。
 いっそ、ならず者達によって殺されてしまえば良いのだろうか、と稀に思う。
 だが、己を殺しにくる賞金稼ぎ達は、サンダウンを殺して手に入れた金で、別の嘆きをを引き起こ
しそうな連中ばかりだった。己の血が流れるのは良いが、己の成した金が己の死後も血を招くような
事だけは、避けたかった。
 自死という事も考えたが、それもやはり自分の死体を見つけた輩がサンダウンが賞金首であると気
が付いて、賞金を得て、その金で何を仕出かすか分からない以上、踏み切る事はできない。
 だから、サンダウンは未だに死に切れない。
 この身体ごと、どこかに消えてしまえばいいのに。そう思った。或いは死神とやらが現れて、死体の
始末も着けてくれれば良いのに。
 そういう、賞金稼ぎが、死神が現れればいいのに。
 思いながら、欝々と無為に荒野を彷徨い続けていたのだ。
 何処かに、死神がいないかと願いながら。
 そんな願いを持っていたからだろうか。その足音は、サンダウンの耳に異様なほど甲高く響き渡った。
硬質なブーツの足音が、一発の銃声の後、石畳を叩いて滑らかに歩いていく。
 偶々訪れた街で、影を選びながら歩いていた時に、どこかで決闘が行われたのだ。千ドルの賞金首が
若い賞金稼ぎに撃ち殺されたのだ、と行き交う人々が囁いていた。
 賞金稼ぎがいるのか、まずいな、と足早に街を立ち去ろうとするサンダウンの耳に、その賞金首はど
うやら若い女を次々に強姦して回る悪党だったのだ、という声が聞こえた。
 ああ良かった良かったと安堵する人々の声を掛けられている賞金稼ぎが、一体どういう人間なのか、
気になった。正義に満ち満ちた、今から撃ち殺されに行っても、サンダウンの残した金が血を流さない
ような人間であるか。

「うるせぇよ、てめぇら。」

 次の瞬間に響いたのは、周囲で安堵を口々に告げている人々を切り捨てるような台詞だった。

「ごちゃごちゃとてめぇらの他人任せを無視して喋る暇があったら、保安官を呼んで来やがれ。せめて
それくらいの役には立ちやがれ。」

 まるで歌うかのような端正な声は、しかし吐き出された言葉は粗野そのもの。他人を嘲笑う横顔は、
街の人々が囁いていた通りに若い。その若さを象徴するように、黒い瞳は恐れを知らぬように星のよう
に瞬いている。
 だが。
 不意に、賞金稼ぎがこちらを向いた。瞳が真正面からサンダウンを見据える。サンダウンがそこにい
ると知っているかのように。実際にサンダウンについては認識してはいないだろうが、賞金稼ぎを認識
しているサンダウン側は、確かに彼と眼があった。
 星のように瞬く黒い目。けれどもその奥深くは、底知れない何かが埋もれている。
 見つめていれば、飲み込まれてしまいそうだ。
 ふん、と賞金稼ぎが目を逸らす。そうでなければ、サンダウンはずっとその眼を見つめていた事だろ
う。

「おい、さっさと呼んで来いよ。てめぇらの代わりにこいつを撃ち落としてやったんだ。残りの始末く
らいしろよ。」

 この賞金稼ぎは、自分が殺した賞金首が何をしたのか知っているのだ。女を強姦し続けてきた男を、
そしてそれを野放しにしてきた人間どもを、冷ややかに糾弾している。
 全ての賞金首について、そんなふうに知識を有しているのだろうか。サンダウンの事も知っているの
だろうか。その見た目の若さに反して、人々の罪の形を知っているのだろうか。
 だとしたら。

「ぐずぐずすんな。」

 美しい、よく通る声が、一喝する。
 これが、死神。
 いや、黙示の瞬間、或いは福音。
 あの声が、自分の後を追いかけてきたらいい。大鎌の金属音の代わりに、硬質な足音を響かせて、
サンダウンの心臓を引き千切りにくる。その瞬間を刹那のうちに夢想する。
 やがて、保安官がやって来たのだろう、人々の波が割れ、死体が運び出される。金を受け取るため
に、賞金稼ぎもまた立ち去っていく。
 やって来た時と同じ、硬質な足音を響かせながら。
 今は、サンダウンに背を向けて。