サンダウンは、窓という窓に厚手の布を引き下ろしていた。
  分厚い布で覆われた窓の向こう側では、深く暗い夜の中で白い雪が踊り狂っている事だろう。踊
 りの合間合間に聞こえる甲高い風の叫びは、ガタガタと窓を揺らしている。
  小さな隙間風でさえ、一瞬にして部屋の中を凍り付かせてしまいそうなほど、冷たい。
  厩は、上から下まで藁で覆いつくし、隙間を埋めきった。今頃愛馬は厩の中で、藁まみれになり
 ながらも、それでも普段よりも遥かに暖かく快適に過ごしている事だろう。そしてサンダウンは、
 今は自分が過ごす小屋の中を快適にすべく、暖炉に火を点けては薪をくべ、隙間風が吹き込みそう
 な場所には、こうして分厚い布を覆い被せているのだ。
  その他にも、身体を内側から温める為にお湯を沸かしたり、沸いたお湯にショウガと蜂蜜を加え
 たりと忙しなく動き回っている。
  一通り、一年分の働きをしたのではないかと思うくらい、普段よりも遥かに働いた感のあるサン
 ダウンは、一息つくと同時に、部屋の中央でこんもりと山になっている毛布の膨らみを見た。


 
 
   The Great Blizzard

 
 
 
 
    こんもりと膨らんだ毛布の山は、ふるふると震えているようだった。
  何重にもかけられた毛布が震えているのだから、傍目にはゆさゆさと動いているようにも見える。
  だが、その姿を馬鹿にしようものなら、即座に鉛玉が銃口から吐き出されるに違いなかった――
 いや、もしかしたら今夜はそれさえないのかもしれない。
  毛布が何重にも折り重なって出来た謎の山を見ながら、サンダウンはけれども、なんだか微笑ま
 しい気分になっていた。
  が、すぐに、いかんいかんと思い直す。
  こんもりと丸まった毛布の山は確かに微笑ましいのだが、サンダウンとしてはその山がなくなる
 ように努めなくてはならないのだ。
  そのために、普段の倍以上の働きを見せているのだ。暖炉を明々と灯したのも、家中の隙間を覆
 い隠したのも、蜂蜜生姜湯を作ったのも、全て毛布の塊をなくす為にしているのだ。更にその一環
 として作ったシチューもそろそろ煮立ってきた頃だろう。
  そろそろ、出てきても良いんじゃないのか。
  そう思ったサンダウンは、丸くなって、ふるふる震えている毛布に近寄り、その頭と思われる部
 分をそっと撫でた。

 「………マッド。」

    サンダウンは、毛布に丸まって暖を取り、なんとか寒さから逃れようとしている賞金稼ぎの名を
 呼んでみた。
  すると、毛布の隙間からちらりと黒い眼が見え、こちらの様子を窺っているらしい事が分かった。
 といっても、サンダウンの動きを探っているのではなく、毛布の外が顔を出しても良いくらいに暖
 かいかを探っているのだろう。
  如何にも寒がりを絵に描いたような賞金稼ぎの姿だったが、しかし賞金稼ぎマッド・ドッグは別
 に特別に寒がりというわけではない。それに寒ければそれなりの対応――暖かい上等の上着を買い
 込んだり――が出来るほど、金も持っている。
  が、今のマッドは毛布に包まって、ふるふると震えているだけだ。
  サンダウンが小屋にやって来た時は、もっと酷い状態だった。
  荷物は辺りに散らかしたままで、ブーツもきつく締め上げた状態で紐を解く事もなく履きっぱな
 し。帽子もジャケットも脱がずに、一枚の毛布を引っ張り出して床の上で包まって震えていたのだ。
  普段のマッドにはあるまじき行動だ。
  だが、それも仕方がない事と言えた。
  その日は、妙に寒い日だったのだ。
  急激に気温が下がり、馬も走る事を躊躇うほど通り過ぎる風は皮膚を切れそうなほど尖っていた。
 日の光は分厚い雲に覆われて地面には届かず、熱を得るには自分が、他人かに縋るしかないほど、 
 絶対的に熱量が少なかった。
  分厚い雲から、白い巨大な雪の塊が礫のように落ちかかってくるのも、予想できない事ではなか
 った。そしてそれが、一瞬で大地を覆う事も。
  大地を覆った雪は、しかし落ちた後も風に煽られては再びあちこちを無慈悲に打ちすえた。世界
 は、まるで凍えるような白と青に染め上げられたようだった。その色が黒に沈んでも、やはり何か
 が変わる事はなく、むしろ更に薄氷色が加速した。
  風は雪を混じらせずに吹く事はなく、雪は大地に落ちるとそのまま氷と化して辺り一面を覆い尽
 くした。
  そこにある熱という熱は、一瞬で吹き散らかされてしまう。
  寒波であった。
  故に、マッドが寒さのあまり、普段ならばすべき事を全てすっぽかして、毛布の中に逃げ込みた
 くなる気持ちは良く分かった。
  サンダウンも、流石に今日は外で過ごす事は不可能だと判断するしかなく、この小屋の中に潜り
 込んだのである。
  そして入った小屋に、件の状態のマッドがいたのだ。
  サンダウンがいても何の反応もしない。毛布の中でもぞっと動いただけで、再びふるふると震え
 出す。 
  明らかに、普段のマッドには有り得ない反応だった。
  普段のマッドと言えば、サンダウンが近くにいると知るや、銃を引き抜き、犬が『遊ぼうぜ!』
 と尻尾を振り回すような勢いで、サンダウンに決闘を申し込んでくる。
  それがサンダウンが歩いて3歩ほどの距離にいるにも関わらず、決闘を申し込んでくる気配はな
 い。毛布の中で銃を構えているという可能性もなくはないが、しかしマッドが物陰から銃を撃つな
 んて卑怯な真似は、サンダウンに対してはまず行わない為、可能性は非常に低かった。
  サンダウンが、全く動こうとしないマッドを薄気味悪く思っている間も、マッドはをすっぽりと
 頭からかぶった状態で、ふるふると震える以外には、何の反応も示そうとしない。
  というか。

 「………寒いのか?」

  ふるふると震える毛布に向かって、サンダウンはぽつりと独り言のように問いかけた。だが、そ
 れに対する返答はない。やはり、ふるふると震えるだけだ。
  だが、その震えが、サンダウンの問いかけに頷いているように見えた。
  けれども、それならば何故暖炉に火を灯そうとしないのか。
  マッドが毛布に包まっている部屋の中は、非常に薄暗い。ランプにも火は灯っておらず、その薄
 暗さが更に凍えを深めているように見えた。せめてランプ一つでも明かりが灯っていたら、オレン
 ジの光に微かな温もりを見い出せただろうに。そして、そんな事で暖を取らなくても、この小屋に
 は立派な暖炉があるではないか。
  火の灯っていない暖炉と、毛布と一体化して丸くなっているマッドを見比べて、サンダウンは無
 言で暖炉に炎を灯した。薪が湿気ていて、少しばかり手間取ったが、それでもぽっと赤く色づいた
 光に、サンダウンも少しばかり安堵して溜め息を吐いた。
  しかし、マッドはまだ毛布の中から出てこない。ふるふると炎に照らされた中で震える毛布は、
 白くてもこもことしている。その影が、床やら壁に奇妙な陰影を作っている。サンダウンは暖かい
 暖炉の前から、後ろ髪を引かれるような思いで立ち上がると、壁際にあるランプにも、一つ一つ明
 かりを灯していく。
  明かりが灯るたびに、毛布の描く奇妙な陰影は消えていき、最後、町の民家と変わらない明かり
 を小屋が灯した時には、毛布の影はたった一つに集約されていた。
  が、やはりマッドはその中から出てこようとしない。
  体調でも崩しているのかと思い、サンダウンが毛布の端から手を突っ込んで様子を探ろうとする
 と、マッドはますます毛布をきつく身体に巻きつけて丸くなった。
  どうやら、部屋が完全に暖かくなるまでは出てくるつもりはないようだ。
  やれやれとサンダウンは首を竦めると、しかし自分も決してこの寒波による寒さを感じていない
 わけではない為、この部屋を快適にすべく動き始めた。
  干し肉と野菜の欠片を浮かべただけの簡単なシチューが煮立った事を確認し、サンダウンは鍋の
 中をゆっくりと掻き混ぜる。決して豪勢ではないが、しかし寒いこの状況では一番腹に収まりやす
 い食べ物だろうと思う。
  シチューにたっぷりと使ってしまった牛乳の残りを見て、サンダウンがまだホットミルクにする
 くらいは残っていると思っている最中、視界の端で何かが蠢いた。
  はっとして視線を巡らせれば、白いもこもこの毛布がもぞもぞと移動していた。いつの間にかテ
 ーブルに近づいているそれは、もこもこと伸び上ると、テーブルの上にある蜂蜜ショウガの入った
 コップに手を伸ばしている。毛布の隙間から、こっそりと白い指先が伸びてコップを掴むのを、サ
 ンダウンは見た。
  コップを毛布の中に引きこむと、毛布は再びもぞもぞと移動し、部屋の中央に行くと丸くなった。

 「マッド。」  

  サンダウンが、ようやくマッドのその行動について、呆れたような声を上げると、毛布の中にい
 るはずのマッドは、やはりふるふると震えてそれ以上の反応は見せない。
  代わりに、ずずっと生姜湯を啜る音が聞こえてきた。

    「………食事はどうするつもりだ?」

     よもや、その状態で食事を取るつもりではなかろうな。というかどうやってシチューに手を付け
 るつもりだ。そのコップのように、シチュー皿を毛布の中に引きこむつもりか。
  その問いに対する答えはない。
  答えはなかったが、毛布の中から空になったコップが、黙って吐き出された。その行為はなんと
 なく、サンダウンの考えに対する頷きであるような気がした。
  毛布の中から、とにかくマッドは出ていくつもりはないようだ。
  それを毛布の中から感じ取って、サンダウンは小さく溜め息を吐いた。
  閉ざされた窓の外からは、確かにマッドに毛布から出たくないと思わせるような、風の金切り声
 が聞こえているのではあるのだが。しかし、此処に来るまでに仰ぎ見た雲の分厚さを考えれば、マ
 ッドは、どう考えてもしばらくは毛布の中から出られそうにないのだが。
  マッドはその事が分かっているのかいないのか、相変わらず毛布に包まってふるふると動いてい
 た。