目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
  しかしよくよく目を凝らせば、点々と星のように小さな灯りが見えるような気もする。それに、
 真っ暗というよりも、明るい日差しの中、きつく眼を閉じたような色がする。
  サンダウンがぼんやりとそんな事を思いながら、目の前にある闇を見ていると、ふと腕の中にあ
 る毛布の塊が、やけにぐんにゃりとしている事に気が付いた。その事に妙な焦りを感じて、身を起
 こそうとした瞬間、目の前に鎮座していた闇が、いきなり覆い被さってきた。
  何、と問い掛ける暇もなく、潰れた柔らかい闇――毛布だ、これも――が顔面を圧迫する。
  どうやら、昨日寒波を防ぐために作り上げた毛布の繭が、崩れたようだ。
  しかしそんな事を考える暇はサンダウンには与えられなかった。顔面を圧迫する毛布は、いとも
 容易くサンダウンから呼吸を奪っていく。
  こんな事をしていたらマッドが起きてしまう。
  咄嗟にそう思って、そういえば、腕の中にいたのはマッドであったとようやくにして思い出した。
  しかし、腕の中にある毛布はぐんにゃりとしていて、明らかにマッドがいる気配はない。
  一体、何事か。
  サンダウンが再びの疑問を提示するよりも、顔に圧し掛かってくる毛布が、只管に重く、息苦し
 い。じたばたともがいて、何とかそれらを振り払おうとするのだが、如何せん、寒さ対策の為に何
 重にも重ねた所為で、簡単には振り払えなかった。
  崩れた繭の中で、一人もがくサンダウンは、もがきながらも慌ただしい脳裏の片隅で、それより
 もマッドは、と疑問を何とか提示する。
  昨夜、ふるふると震えるだけで、全くの無力であった賞金稼ぎの姿は、明らかにサンダウンの腕
 の中にはない。
  マッドが包まって、一歩も出てこようとしなかった毛布の中は、もがくサンダウンからは見えな
 いがどう考えても中身はなく、かといって別の毛布の中にもいる気配はなさそうだ。いくら毛布が
 重苦しくサンダウンに圧し掛かっているとはいえ、人間のいるなしは明らかである。
  圧し掛かる毛布の何処にもマッドがいない事は、サンダウンを更に混乱させた。
  そもそも、サンダウンはマッドの姿を昨夜一度も見ていない。
  馬小屋に、マッドの愛馬である黒い眼付の悪い馬はいた。
  が、マッドの姿は見ていない。
  サンダウンが見たのは馬と、白いもこもこの毛布に包まっている物体だけである。その毛布に包
 まっている物体について、毛布をはぎ取ってまで中身を確認はしなかった。
  ただ、生姜湯をこっそりと飲もうとしている時に見えた白い指と、一度だけ聞こえた声で、それ
 はマッドであると判断したのだ。
  しかし、冷静に考えれば考えるほど、それがマッドであったという保証は何処にもない。声も毛
 布に包まっている所為で、かなりくぐもって聞こえた。思い返せば、本当にマッドの声であったの
 かと言われると、頷く自信がない。
  というか、馬と声以外、それがマッドであったという証拠は何処にもないのだ。
  大体、毛布に包まって出てこないマッドというのは、正直なところサンダウンも思いつかないも
 のであった。しかし昨夜は、不安を煽る甲高い風の音があったから、マッドもそういう状態になる
 のかと納得したのだが。
  風の音のない、むしろサンダウンが毛布に押し潰されかけているという非常に間抜けな状況で考
 えると、昨夜のマッドの様子は到底信じられないものであった。
  しかし、それならばあの白い毛布に包まっていた物体は、一体。
  問題は、そこである。 
  毛布の中でじたばたしながら、サンダウンは昨夜の白い毛布の塊は、果たして一体なんだったの
 かと思う。生姜湯を啜り、こっそりとシチューを食していた、あの物体は。そもそも、もしもあれ
 がマッドではないのだとしたら、それならば厩にいたディオの存在が分からない。
  もしかしたら、本当は昨夜、自分が来る前に、なにかとんでもない事が起きていたのではないだ
 ろうか。
  マッドの生命を脅かすような、何か途方もなく不吉な事が。
  そしてその不吉な事の根幹が、あの白い毛布の中にいた物体であったのだとしたら。
  みすみすと何か取り返しの付かない事を見逃してしまったような気がして、いても立ってもいら
 れなくなり、サンダウンは毛布の中から抜け出そうとますますじたばたする。
  何をしようというのではない。
  ただ、何かを確かめなくてはならなかった。
  なんとかして、崩れた繭から出ようともがいていた時、唐突にサンダウンの頭上から繭がはぎ取
 られた。
  いきなり日の下に曝されたサンダウンは、あまりの眩しさに眼を閉じた。閉じる一方で、ああ、
 今日は晴れたのか、と思う。
  それよりも。
  眼を閉じる直前に、突き抜けて黒い人影があった。

 「なにを薄気味悪く毛布の中で一人蠢いてんだ、あんたは。」

  サンダウンがはっとするよりも、酷く不機嫌そうな乱暴な口調が閉じた瞼に降りかかった。
  聞き間違えようもない。
  マッドの声である。

 「マッド……?」

  恐る恐る眼を開いて見上げれば、声と同じくらい不機嫌そうな顔をしたマッドが仁王立ちしてい
 た。
  マッドはサンダウンを思い切り見下ろして、ふん、と鼻を鳴らした。

 「俺様以外の何がいるってんだ。昨日から一緒にいただろうが。それよりも、何一人でもぞもぞ毛
  布の中で蠢いてんだ。気持ち悪い奴だな。起きたんならさっさと毛布から出てこいよ、鬱陶しい。 
  大体、あんたは髭がもさもさしてんだから、毛布に包まらなくても良いだろ、別に。」

  非常に失礼な言い分である。
  いや、今は髭云々はどうでも良い。昨夜、もぞもぞ動いていたのはマッドも同じである。そこを
 突っ込みたい。
  しかし、それを聞いたマッドは眉根を盛大に顰めた。

 「あん?何の話だ、それ。俺は昨日、向こうの部屋で一人で寝たぜ。あんたに包まって寝るなんて
  不気味な事してねぇよ。」
 「…………何?」
 「非常に珍しい事に、あんたが一人で生姜湯やらシチューを作っているのを感心して眺めてたら、
  あんたは急に毛布に包まって寝始めたんだよ。しかも家中の毛布を奪っていきやがって。まあ、
  俺も毛布くらい持ってたけどよ。」

  そう言ってマッドが見せた毛布は、昨夜マッドが包まっていた白いもこもこの毛布であった。
  やはり、マッドはこれに包まっていたのだ……いや、その毛布が今の時点でマッドの手の中にあ
 るのはおかしい。それはサンダウンがマッドごと腕の中に抱えていたはず。
  そう思い、慌てて腕の中に抱えてた毛布を見れば、それは真っ白どころか、真っ黒だった。
  マッドの髪のように、鴉の羽根のように黒い毛布を見て、サンダウンは呆然とする。
  では、昨夜のあれは、一体。
  その様子を見ていたマッドは、奇妙な表情をして、小さく呟いた。

   「鴉にでも騙されたんじゃねぇの?」

    寒波の中、炎を捜す鴉に、一時の暖を取る相手として。
  流石に火を取りに行く鷹の代わりにはならなかっただろうが。
  呆然とするサンダウンを見るマッドの背後では、昨夜シチューに使った所為で、大分量の少なく
  なった牛乳が火にかけられて、ホットミルクと変貌しようとしていた。