「私は、嫁が欲しかったのだ。」

 知らんがな。
 マッドは、相変わらず鼻を穿りながらサンダウンの、聞きたくもない欲しいものについて聞いてい
た。
 というか、今まで住所不定無職だったくせに嫁が欲しいとか、図々しいにもほどがあるな、このお
っさん。
 今年からは――嘘か誠か知らないが、とりあえずサンタクロースに就任したので無職ではなくなっ
たのかもしれないが、しかし給料が現物支給な上、まず何よりも給料で嫁をたかる時点で、何かがお
かしいだろう。

「まあ、普通に考えれば、あんたに嫁が来るわけないよな。」

 マッドがけなすつもりでサンダウンにそういえば、茶色いサンタクロース、もといサンダウン・キ
ッドは、そうだろうそうだろう、と特に否定しなかった。自覚があるんなら、どうにかせんかい、と
思いたい今日この頃である。

「とにかく、私は嫁が欲しかったのだ。なので、サンタクロースの現物支給のこの給料は、またとな
いチャンスだったのだ。」 

 チャンスかもしれないが、住所不定無職をどうにかすれば、どうにかなった問題であるような気も
する。
 それに、だ。

「嫁になる女の人権とか、ねぇのか。」

 要するに、無理やり嫁にするわけだし。
 すると、サンダウンはやけにキリッとした顔で、

「そんなことを考慮する余力は我々にはない。」

 と言った。
 ついさっき、飯とかプレゼントをくれてやった子供の親にたかれ、と言った時、そんな夢のない事
できるか、と答えたのとは、随分な差である。

「あんた、サンタだよな。」
「いかにも、私はサンタクロースだ。」

 マッドの念押しに、サンダウンは重々しく頷く。

「サンタのくせに、人間一人の人権は、無視するのか。」
「子供ならともかく、大人のことなど我々は考えない。」

 最低である。
 サンタクロースは大人の代わりに子供にプレゼントを配っているのだ、と力説している茶色いおっ
さんは、サンタというよりも、もはや変な宗教にかぶれて誰彼構わず宗教に勧誘しようとしているは
た迷惑な人間に近い。
 マッドが、冷ややかな目でサンダウンを眺めていると、サンダウンはその視線に気が付いたのか、
はたまた自分が空腹である事に気が付いたのか、しおしおと項垂れた。

「私は別に、ただ嫁が欲しかっただけで。」
「だったら普通に働けよ。」
「サンタだってまっとうな職業だ。」
「話を聞く限り、どう考えてもブラックだ。」

 そもそも、このおっさんがマッドの目の前にいる理由も、飯をたかろうと――いや、もしもマッド
が目を覚まさずにいたなら、食料を盗んでいたかもしれないのだ。ブラックどころか、犯罪者の温床
だ。

「とりあえず、サンタなんぞ辞めちまえ。普通に働いてるほうが、よっぽどか飯にもありつけるし、
嫁だってもらえるだろ。」
「いやだ。」

 いやだいやだ、といい歳したおっさんが、ごねはじめた。気持ちの悪い。さっきまでサンタ面して
いた男が、今度は子供のように駄々をこねる。気持ち悪い。
 それを聞いていたマッドの機嫌も、実はあんまりよろしくない。夜中に物音で起こされたと思った
ら、自称サンタがいるのだ。機嫌が下降気味にならないほうがおかしい。サンダウンはその事を、わ
かっているのだろうか。

「サンタの特権を使わなければ、もらえないんだ。」
「嫁なんぞ、その辺にいる萎びたおっさんでももらってるだろうが。あんただって普通に働けば、貰
えるだろうよ。」
「無理だ。」

 やけにきっぱりとした声で、サンダウンが言う。
 この男にしては――いや、この夜、サンダウンはいつになく饒舌だ。マッドは少し不気味な気分に
なって、サンダウンを見る。

「だって、お前は欲しいといったら、嫁になってくれるのか。」
「ならん。」

 不気味な気分の中で聞いたサンダウンの言葉に、特に考えないままマッドは即答した。考える必要
もなかったからである。
 マッドの答えに、ほらみろ、と不貞腐れる茶色のサンタ。

「しかし、サンタの特権を使えば、如何にお前が嫌がっても、お前は嫁になるしかないのだ。」

 そんな、悪役めいたセリフを吐くサンタクロースには、もはや夢も何もあったものではない。むし
ろ、この場でバントラインを引き抜いて脳天撃ち抜いても何の問題もない。

「俺の人権は完全無視してるって事で良いよな。」

 バントラインを引き抜くマッドを、もうサンタクロースは止めない。不貞腐れた目でこちらを見て
いる。どうせ嫁になるのだ、と呟いているヒゲは、悪役は悪役でも小物である。賞金の五千ドルが泣
くくらいに。

「大体、俺を嫁にしてどうするよ。俺を嫁にしたところで、俺がお前に飯を作って食わせてやるとは
限らねぇぜ。」

 何もしない嫁だって、この世には大勢いるんだからな。
 そう言ってやると、サンダウンは意表を突かれたように黙り込んだ。まさか、嫁が飯を作らないと
は思いもしなかったようだ。

「そうだよな?サンタの給料は現品一品限りで、俺を給料にしたところで、そこに飯まで特典でつい
てたりしねぇわけだよな?んでもって、俺が飯を作るかどうかは俺の勝手だよな?」

 マッドが畳みかけるように言うと、サンダウンは軽く絶望したかのような表情を浮かべている。何
がそんなに絶望するようなことなのか。

「………ごはんを、つくってくれないというのか。」
「いや、俺に飯を作るように言ってる時点でおかしいからな。」

 萎れる茶色いサンタは、自分が欲しいものが手に入らないと両手を床に突いている。冷静に考えれ
ば、マッドを嫁にできるという考え自体がおかしいのだが。

「で、あんたはどうするんだ。」

 給料が一品限りの現品支給である茶色いサンタクロースに、マッドは問いかけた。これ以上、うだ
うだと言っていても面倒なだけである。夜中に、サンタクロースの給料話など、実にどうでも良い事
であるという事実が、マッドの気分を余計に削げさせている。
 ただ、あまりにもサンダウンの絶望の仕方が、本当に絶望しているようだったので。

「俺を嫁にするのか、俺の飯にするのか、給料を決めたら?」

 ぐるるるる、とサンダウンの腹が鳴った。答えは決まっているようである。

「まあ、来年に持ち越すんだな。」

 来年も、同じ結果になるだろうが。