サンタクロースというのが、意外とブラックな仕事であることが判明した。
 目の前にいる自称サンタ――腹の虫を鳴らして、ごはん、と呟いている男は何処からどう見ても、
ただのサンダウン・キッドだが――は、ブラックではなくブラウンであるが、それはどうでもいい。
 マッドは、サンタのくせにプレゼントの袋も持たず、人様に飯をたかろうという前代未聞の事を成
しているサンタクロースを前にして、とりあえず懐にある葉巻を取り出す。ゆったりとした動きで火
を点けている最中、サンダウンが――飯をたかっている時点でサンダウン決定である――恨めしそう
にこちらを見ていたが、それもどうだって良い。

「プレゼントを配った子供の親にでも、たかったらどうだ。」
「そんな夢のないことができるか。」

 サンタが誰にであれ飯をたかってる時点で、夢も希望もあるか。
 マッドは心底から思った。

「なら、あんたを雇ったサンタにでもたかれよ。一年経って試用期間とやらは終わったんだろ。給料
を貰って、その金で飯を食って来いよ。」

 言っていて、本当に夢も何もあったもんじゃない、と思う。完全にブラックな会社であるサンタ業
界に、夢も希望もない。
 すると、茶色いサンタのサンダウンは、首を横に振った。

「サンタの給料というのはな。現物支給なのだ。」
「なんでだよ。」
「いや、金を望めば、もしかしたらそういうこともできるのかもしれんが。」

 ごにょごにょとサンダウンは後をぼかす。
 まあ、マッドにしてみれば、嘘か誠かも分からないサンタクロースの給料事情などどうでもいい。
本当に、どうでもいい事が重なる夜ではあるが、実際、マッドにしてみれば本当に別世界の話なので
――しかもサンダウンが騙されている可能性がゼロではない――どうでもいいとしか言いようがない。

「だが、現物支給なら都合がいいじゃねぇか。給料として、飯をいただいて来いよ。」
「それで一年分の給料が終わるなど嫌だ。」

 サンダウンはきっぱりと言った。

「サンタクロースの給料は年に一度だけ支払われるのだ。支給されるのは一品のみ。それが飯だなん
て嫌だ。」

 どうやら、サンタクロースの給料は年に一回こっきりで、しかも現物支給。あげく、どうやら一品
の現物しか支給されないらしい。
 マッドは、葉巻を吸いこみ、白い煙をゆっくりと吐き出した。そして、サンダウンに、なあ、と話
しかける。

「とりあえず、あんたがサンタクロースであるということを前提に話をするぜ。」
「前提も何も、私はサンタクロースだ。」
「もういいよ、その返事。」

 サンタであることを主張するサンダウンに、少しだけげんなりして、マッドはそれでも会話を続け
る。

「あのな。サンタってのはあんた一人しかいねぇってわけじゃねぇんだろう?あんたはアメリカ西部
で馬に乗って仕事をしたってさっき言ったよな。ってことは他にもサンタがいるって認識で話すぞ。
その、他のサンタ達と一緒に、自分らの境遇に対して異議を唱えようって気にはならねぇのか?」

 試用期間一年でその間給料なし。試用期間を終えたとしても給料は年に一回で、しかも現物一品の
み。
 完全に真っ黒な会社である。
 会社であるかどうかはおいといて。

「待遇改善ってのを、求めたっていいと思うんだぜ。普通に金で給料を支払えとか。毎月ちゃんと支
払えとか。」

 言いながら、でもサンダウンはさっき、金を望めばできるかも的な事を言っていた。つまり言うだ
けの価値はあるんじゃないだろうか。
 しかし、サンダウンは滅相もない、と首を横に振っている。
 待遇改善が嫌とか、社畜か、お前は。

「いや、金品を給料にする輩もいるだろうが、全員がそうしたいというわけでもなく。現状の給料で
満足しているというか。」
「ほう。」

 社畜の鏡か。

「年に一回の給料は、割と豪勢だしな。」
「ほう。」

 現物一品支給なのに豪勢とか。金塊一個分の価値あるものなのか。
「サンタは、子供にプレゼントを渡すという、他利の極みのような職種だからな。その分給料は豪勢
だ。」
「ほう。」

 つまり食料でもらえば一年くらいは買い物に行かなくて済むレベルの量になるわけか――生ものな
んぞ腐るだろうから意味がないだろうが。

「そういうわけで、サンタは一年に一回、給料として欲しいものを貰える権利が与えられるのだ。」
「ほーう。」

 食事でも良いし、金塊でも良いし、家でも良い。とにかく、欲しいものを一つだけ、現物支給され
る。
 たった一つだけ。
 その権利を行使するのを、つまり、サンダウンは今か今かと待ち侘びていたわけである。ご飯など
にその権利を行使したくない、と。
 マッドは鼻をほじりながら、サンダウンに冷ややかな目を向ける。

「今年は飯にしとけば。あんたが待ち侘びてた欲しいものは来年持ち越しで。」
「いやだ。」
「知らんわ。その為にあんたに飯をたかられる俺に、どんな旨味があるってんだ。」
「この一年間の私の努力は。」
「それこそ知らん。」

 マッドはくるりとサンダウンに背を向ける。その背中に、サンダウンが、待て待てと追いすがる。

「私が欲しいものを教えてやるから、まあ、待て。」

 知りたくもない。