真夜中、マッドは台所から聞こえる、がさごそという禄でもない音で目を覚ました。
 一瞬、黒光りするGのつくあれかとも思い身を固くしたが、奴らは音もなく忍び寄ることに定評が
あるので、それではない、と安心する。
 しかし安心するのも束の間、では音の主は何なのか、という話である。
 ネズミ、というのが普通の感覚ならば一番有り得る思考の果てなのだろうが、マッドは一番思い当
たる節のある物体を思いつき、心底から眉間に皺を寄せた。
 だが、そんな事をして物音が治まるわけもなく。
 マッドは、まだ眠い頭を無理やり揺り起こして、むっつりとした表情で台所へと向かった。




 聖ニコラウスの訪い



 ごそごそと、音は鳴りやまない。
 マッドは足音を殺して、ひっそりと台所に向かう。
 お気に入りの塒とはいえ、真夜中で、しかも眠気の真っ只中にいる時に、別に腹が空いているわけ
でもないのに台所になんぞ行きたくもなかった。これから待ち受けている光景を予想したとしても、
心底、行きたくなかった。
 しかし、ごそごそと台所から響く音を無視していれば、どのみちあまり有り難くない現実が、夜明
けと共に迫るであろうことは確実である――いや、夜明けを待たずしても、刻一刻と、有り難くない
光景は迫っているわけだが。
 むっつりとした表情を崩さずに、マッドは音も立てずに台所の扉を開く。がそごそという音は、止
まらない。マッドが近づいていることなど少しも気だ付いていないようだ。それはそれで腹立たしい
が。
 不幸中の幸いは、がさごそという音の中に、ぽりぽりとか何かを咀嚼する音が含まれていないこと
だ。もしも真夜中に、人様の食料を漁っているのだとしたら、それは万死に値する。尤も、だからと
いって、がさごそ音を立てて何かを漁っているという事実が掻き消えるわけではないので、結局マッ
ドにしてみれば、撃ち殺してやっても欠片も問題ない事案なのだが。
 マッドは、暗がりの中、目を凝らし、問題の音の出所を探る。
 戸棚の前に座り込み、戸棚を目いっぱいに開き、ごそごそと戸棚の中に手を突っ込んでいるらしき
人影。
 まあ、そこまでは予想できた。
 しかし、マッドにとって予想外であったのは、その後姿が見慣れぬものであったからだ。
 いや、体格は見知ったものであることに間違いはないのだが、どうも恰好がおかしい。
 というか、なんというか、話しかけたくない恰好をしている。全裸とか、そういうのではなくて、
もっと別の、根本的な何かがマッドにこれはおかしいと囁きかけている姿だ。

「………キッド?」

 あんまりにも予想外の恰好に、マッドの声は思わず、恐る恐る、といったふうに響いた。
 マッドの声に、はっと気が付いたのか、戸棚を漁っていた男の手が止まる。まさしく、凍り付く、
という表現がそっくりそのまま当てはまる停止姿である。しかしその姿も、やはりマッドの見知った
ものではない。
 マッドの知っているサンダウン・キッドは、茶色の帽子に茶色のポンチョと茶色尽くしの男である。
荒野の中ではまさしく保護色である。
 しかし目の前にいる男は。
 と、まじまじと見て、マッドは今度は呆れともつかない表情を浮かべた。
 茶色であることは、紛れもなかった。
 ただ、着ている服がいつもの帽子とポンチョではないだけで。

「なんだ、その恰好。新しい防具か?いつものくたびれたポンチョよりも、確かに防御力は高そうだ
が。」

 見知らぬものに対する驚きは、しかしやっぱり茶色であるという呆れによって覆され、呆れが支配
した舌はいつも通りに滑らかに動き始める。

「けどよ、その恰好でいつも荒野にいたら、熱中症で死ぬんじゃね?ってか、どこで拾ったんだよそ
んなもん。」

 マッドの問いかけに、男は固まったままである。
 茶色い背中が、どうも思考停止を示している。それよりもマッドには、サンダウンの頭に乗ってい
る帽子の、白いぼんぼん飾りが気になる。

「おい、キッド。聞いてんのか。ついで、そんな恰好で何してやがる。それともあれか、茶色いそれ
は、子供にプレゼントを与えるんじゃなくて、人様の物を漁るのか、ああ?」

 すると、ようやく固まっていた男の背中が振り返り、マッドを見る。青い眼がゆっくりと瞬き、

「私はサンダウンではない。サンタだ。」

 そうのたまった。
 マッドは、どういうわけだが一瞬殺意を覚え、その顔をビンタしてやりたくなった。が、その殺意
を取り合えず過ぎ去らせ、

「俺はキッドってしか言ってねぇぜ。サンダウンとは一言も言ってない。」

 ただ、サンダウンの恰好は、色を除けば間違いなくサンタクロースのそれだが。茶色いことさえ除
けば。

「あと、ついでに、そのふざけた帽子ごと脳天撃ち落としていいか、なあ。」

 マッドはしっかり準備していたバントラインを掲げる。因みにサンダウン――自称サンタは、サン
タにはあるまじきピースメーカーを装着している。普通に考えれば、サンタコスの強盗である。
 しかし、強盗としか思えないサンタコスのサンダウン、という字面だけでみればどうしようもない
おっさんは、まあ落ち着け、と銃は抜かずにマッドを宥め始めた。マッドにしてみれば、宥められる
謂れは何処にもないのだが。

「私は、見ての通りサンタクロースだ。」
「死ね。」
「だから落ち着け。」

 茶色い自称サンタは、どうどう、とマッドを宥める。

「私はサンタクロースだ。とにかく、そういうことにしてくれ。」
「……………。」

 何がどういう理由でそういうことなのか、マッドには突っ込みしか入れられない。ただじっくりと
考えてみて、とりあえずサンダウンがおかしくなったのだ、という結論に落ち着きつつあった。