マッドは、チョコレートの滝の中に、一気に五枚のクッキーを突っ込み、引っ張り出すという作業
を繰り返している。チョコレートでコーティングされたクッキーは、下で待ち構えているトカゲ達の
胃袋の中に次々と入り込む。
 チョコレートフォンデュなるものを堪能するはずのマッドだったが、いつの間にやらトカゲに餌を
与えるという作業を繰り返すになっている。

「マッド。」
「なんだ?」

 カボチャ型クッキーをチョコレートに浸しているマッドの声は真剣だ。サンダウンを振り返りもせ
ずにチョコレートの滝と向かい合っている。

「変わるが?」
「いらねぇ。」

 チョコレートから抜き出し、下で待ち構えているトカゲにクッキーを渡す。トカゲはクッキーを頬
張る。
 確かに、サンダウンの手助けなど必要としない、簡単な仕事だ。
 しかし、そう、これは仕事ではない。
 チョコレートフォンデュを楽しむ一環、のはずなのだが、マッドは先程からトカゲにクッキーを渡
すという作業に勤しんでいる。

「お前は食わんのか。」

 当然の質問をしてみると、マッドはようやくサンダウンを振り返った。その手はチョコレートでべ
たべたになっている。手に付いたチョコレートを、ぺろりと舐めながら、

「くってるぜ。」

 答え、再びチョコレートの滝にクッキーを突っ込む作業に戻る。
 マッドが特に気にしていないというのなら、サンダウンは別に構わないのだが。

「バナナもマシュマロもあるわよ。」

 黙り込んだサンダウンの後ろから、若い女の声がする。カボチャ頭の鬼火を恐れもせずに、リザー
ドマンがバナナとマシュマロを載せた皿を持ってきて、マッドの隣に置いた。ちょっとぽっちゃりし
た感じのリザードマンは、他にも苺やメロンなどの果物を持ってくる。
 リザードマンの言葉にマッドは頷きつつも、手を休めない。
 そんな子犬の後姿を眺めやった後、ぽっちゃりリザードマンはサンダウンにもお菓子を勧めてくる。

「カボチャウンさんもどうぞ。」
「……………。」

 なんだか色々と混ざっている。
 しかし否定するのも面倒なので、サンダウンは適当にバナナをつまむ。トカゲの何匹かも、わらわ
らと果物の皿に寄ってきた。

「カボチャクッキーやカボチャマドレーヌもあるから、そちらもどうぞ。」

 別のリザードマンが、カボチャをふんだんに使ったお菓子の入った籠を置いていく。一つ、鱗一枚
らしい。

「キッド!おれのぶんもとっておけよ!」

 マッドが、チョコレートの滝から目を逸らさずに命じる。子犬の足元では、トカゲが口を開けて、
クッキーがやってくるのを待っている。
 マッドはクッキーをチョコレートから引き抜くと、ぽいぽいとトカゲの口に放り込んでいく。クッ
キーを頬張るトカゲ達は一斉にずれて、まだクッキーを食べていないトカゲ達がマッドの足元で口を
開く。
 どうやら、トカゲ全員がクッキーを食べ終わるまで、マッドの作業は終わらないらしい。
 クッキーを食べ終わったトカゲ達は、もちもちとサンダウンの元にやってきて、果物を口にし始め
る。なんでも食べるトカゲである。
 何体かは、食べるのを止めて、あちこちにあるカボチャのランタンによじ登ったりしている。
 今更ながら思うのだが、この爬虫類の領域では、鬼火というのは忌避の対象にはならないのだろう
か。
 確かに、爬虫類族は他の異形よりも暗い位置にいる。それは良し悪しに関わらず、彼らが太古の血
を孕んでいる存在だからだ。その血に渦巻くのは原初の赤ともいわれる存在かもしれないし、或いは
深き英知を持った古き者どもであるかもしれなかった。
 その欠片である爬虫類族にしてみれば、鬼火という魂の燃えカスなどは、恐れるに値しない存在な
のかもしれない。

「おわったぞ。」

 マッドがよちよちとチョコレートの滝から帰ってきた。手に付いたチョコレートを、先程からの事
ではあるのだが、行儀悪く舐めとっている。その足元にいるトカゲ達は、なんだか満足しきった顔を
している。こちらはもともと茶色いので、チョコレートが付いていてもよく分からない。

「おれもカボチャクッキー食うんだぞ。」

 サンダウンがマッドに命じられて確保したクッキーを、マッドは寄越せとサンダウンの服の裾を引
く。擦り切れたサンダウンのポンチョを引っ張りながら、

「そういや、あんたポンチョあらったっけ?」

 余計なことを思い出したらしい。
 むっつりした表情になったマッドに、サンダウンは屈みこんで、その口にクッキーを突っ込む。
 もり、とマッドの口から、クッキーを咀嚼する音がする。

「かえったら、あんた、まるあらいだからな。おにびだからって、あまえはゆるさねぇぜ。だいたい、
ふつうにさけをのんでるんだから、みずだっていけるはずだろ。」
「酒と水は違うだろう。」

 いや、その前に酒を飲んでいることを、どうして知っている。教育に悪いと思い、こっそり隠れて
飲んでいるのに。

「おれがとだなのなかとかそうじしてるんだから、しっててあたりまえだろ。」

 もっしゃもっしゃとマドレーヌを食べながら、マッドが言う。

「というか、トカゲがみつけたぞ。」

 トカゲ達が、どやあ、と言わんばかりの顔でサンダウンを見上げる。こいつらが元凶か。
「べつにかくれてのむひつようはねぇんだぞ。おれはあんたがきちんとふろにはいれば、ほかにもん
くはいわねぇぞ。ゆうはんごの、いっぱいのばんしゃくが、いきがいだってことはわかってるんだか
らな。」

 いや、別に、生き甲斐ではない。
 しかしそれを言えば、だったら飲む必要はないな、と没収されてしまいそうなので黙っておく。

「とにかく、かえったらまるあらいな。あと、あんたのころもがえようのカボチャは、ここのトカゲ
がじゅんびしてくれるって。」

 カボチャの提灯を、ぽむぽむと叩きながら、マッドはチョコレートを一舐めした。