まばらであった爬虫類の往来が、次第に増えていく。二足歩行のトカゲもいれば、地べたを歩くト
カゲもいるし、鎌首をもたげた蛇もいる。爬虫類以外にも、二足歩行のカエルや外鰓を持つイモリも
いるところをみると、わりと寛容なコミュニティであるのかもしれない。

「キッド、キッド。」

 マッドが手足をじたばたさせて、サンダウンに自分を下ろすように命じる。マッドを抱っこしてい
たサンダウンは、マッドに促されるままにマッドを地面に下ろす。すると、マッドはぽてぽてとその
まま、どこかに向かって走っていく。
 マッドの周りには、もっちもっちとトカゲがひしめき合って、マッドを取り囲んだままマッドと同
じ速度で走っていくので、見失うことはないだろう。
 しかし、いくらこちらに敵意がなさそうとはいえ、ここはサンダウンとマッドがよく知る領域では
ない。間違って、マッドが蛇に丸飲みされてからでは――その瞬間にサンダウンが蛇の腹を掻っ捌く
だろうが――遅いのだ。
 なので、サンダウンもマッドの後を滑るように追いかける。
 マッドが立ち止まったのは、奇しくも、身体全てを伸ばせば人間の大人の体など胃袋に収めてしま
うだろうという大蛇の目の前だった。首は一つしかないから、ヒドラではなく、おそらく普通に大蛇
であるのだろう。
 大蛇の周りには幾つもの籠が置いてあり、籠の中には様々な色と形をした飴がみっしりと詰められ
ている。
 その中の一つ――棒付きの飴にマッドは手を伸ばし、

「キッド、カボチャだぞ!」

 なるほど、カボチャの形をした飴が幾つも籠の中に突き刺さっている。
 飴を売っているらしい大蛇は、とぐろを巻いた先にある尻尾を微かに揺らし、子犬の到来を歓迎し
た。

「おや、これまた珍しいお客さんだね。」

 甘やかな妙齢の女の声である。爬虫類族は、雌雄の区別がつきにくいのだ。
 無機質な黒い眼をマッドに向けた後、背後にいるサンダウンにもちろりと視線を向けるが、特にサ
ンダウンを恐れたり忌避したりする素振りは見せない。

「買うのかい?可愛い子犬ちゃんだ。一本買ってくれたなら、もう一本はタダにしとくよ。」

 青白い鱗を蠢かせながら、大蛇は婀娜っぽく言う。
 マッドは大蛇の言葉に頷き、カボチャ型の飴と、もう一本、何にしようかと悩んでいるようだった。
 マッドの黒い三角耳が、時折ぱたぱたと動くの見下ろしながら、サンダウンはところで、と思う。
この領域において、代金は何で支払えばよいのだろうか。いつも自分達が使っている貨幣でよいのだ
ろうか。
 サンダウンがそのあたりのことを考えていると、ぼす、と足元に衝撃を受けた。見下ろすと、トカ
ゲが二匹、にんまり顔でサンダウンを見上げている。しばらくサンダウンを見上げていた二匹のトカ
ゲは、やがて一匹がもう一匹のフードに顔を突っ込み、フードの中から何か白い袋を取り出す。そし
て、その袋をサンダウンに差し出した。
 サンダウンが袋を受け取ると、カランカランと軽い音が袋の中から鳴り響く。袋の中を覗き込むと、
きらりと何かが光った。手を突っ込んでつまみ上げれば、薄い虹の膜を張ったかのような様々な色合
いの分厚い鱗が指の隙間で音を立てる。

「飴一つにつき、鱗一枚だよ。」

 サンダウンの様子を、鎌首をふらりふらりと動かしながら見ていた大蛇が言う。

「うろこがあるのに、うろこがほしいのか?」

 飴を選びながら、マッドが大蛇に問う。
 子犬の疑問に、大蛇はちろちろと舌を出しながら答えた。

「不思議かい?美しい鱗で身体を着飾るんだって思えば、別にそれほどのことでもないと思うがね?」

 そう言って、大蛇は少しとぐろを動かして自分の身体を見せる。大蛇の身体には、明らかに彼女の
鱗とは異なる鱗が、いくつも貼り付けられていた。
 大蛇の身体を見て、ふむ、とマッドは頷く。

「これとこれにするぞ。」

 マッドは、最初のお目当てであったカボチャ型の飴と、三日月型の飴を籠から抜き取る。一つは無
料サービスなので、サンダウンは大蛇に鱗を一枚差し出した。大蛇は自分の横にある箱を見せて、そ
の中に鱗を入れるようにと言う。
 サンダウンが鱗を入れる時に箱の中を覗き込めば、そこには既に何枚かの鱗が入っていた。

「じゃあね。他のも欲しくなったらまたおいで。」

 手を振る代わりに尻尾を振った大蛇に別れを告げ、マッドとサンダウンはトカゲを引きつれて別の
店へと向かう。
 爬虫類だらけの場所において、マッドとサンダウンは目立つが、やはり爬虫類達は一瞬こちらを見
るものの、すぐに興味がなさそうに目を離す。
 存外に、個人主義なのかもしれない。
 菓子博と銘打っているものの、店の出し方もばらばらで、好きなように好きなものを置いている。
飴屋が五、六軒並んでいることもあれば、ケーキ屋の中でどういうわけだか野菜販売を行っていたり
する。
 まるで調和のない状態であるが、爬虫類達はそのあたりは気にせず、個々に楽しんでいるようであ
る。
 そしてマッドもまた、好きなようにあちこちをふらついている。
 カボチャ型の飴を咥えながら歩くマッドに、喉を突くなよ、と注意しながらサンダウンはその後を
ついていく。
 マッドは時折、カボチャがあるぞ、と嬉しそうに店を指差しては、その店に寄っていく。先程はカ
ボチャのパイを買っていた。
 カボチャパイを売っていたのは二足歩行のトカゲ――要するにリザードマンであったが、最初のほ
うはマッドの周りにいるトカゲ達ときゅいきゅい鳴いていたが、マッドとサンダウンを見ると、やた
ら渋い声で普通に話しかけてきた。
 つやっとした黒い鱗のそのトカゲは自宅で栽培した自慢のカボチャを使った一品なので、是非とも
 賞味してほしいとのことで、カボチャパイを勧めてきて、マッドもそれに興味をそそられて購入し
たのだった。なお、鱗五枚の値段だった。
 鱗は、まだまだたくさんある――どうやらトカゲ達は全員フードの中に鱗を隠し持っているようだ。
なので、値段についてはさほど心配しなくてもよいのだが。
 ただ、気になることといえば、どう考えても鱗というにはふかふかのトカゲ達が、どうやって普通
の鱗を調達してきたのか、である。