もちもちと歩くトカゲを追いかけて、どれくらいの時間が経っただろうか。サンダウンに抱っこさ
れたマッドは、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。マッドと一緒に釣り上げられたトカゲに至って
は、幸せそうな顔のまま完全に目を閉じていた。
 一方、マッドとサンダウンを先導している――気分になっているトカゲ達は、疲れも見せずに、も
ちもちと短い手足を動かして歩いている。彼らの着ているチェック柄のフードが、一匹ずつ微妙に柄
やデザイン、色が異なることに、今更ながら気が付いた。気が付いたところで、彼らのフードの出所
が分かるはずもないのだが。
 不意に、トカゲ達の歩調が、もちもちからもっちもっちに変わった。要するに、早歩きになったの
である。
 もっちもっちもっちと駆けていくトカゲの後を、サンダウンは滑るように追いかける。足音一つ立
てないサンダウンの歩みは、眠たそうなマッドの目を覚まさせることはない。
 マッドがとろとろと眠っている間にも、サンダウンはトカゲの速足に追いつく。トカゲ達はサンダ
ウンが追い付こうが興味がないのか、もっちもっちと走りづける。
 もっちもっちという足音の果てに辿り着いた先には、どういうわけだか槍を持った二人のトカゲ―
―二人というからには、きちんと二足歩行して服を着ているのだ――が道を塞ぐように立っていた。
むろん、丸っこくもないし、服に覆われていない部分から見える肌は、硬そうな鱗に覆われている。
 所謂、正当なリザードマンというやつだろう。
 その、正当なリザードマンとは対照的な、まるっこくてふかふかで本当にトカゲかどうかも危うい
トカゲは、リザードマンの前に走り寄り、きゅいきゅいと鳴き始めた。
 きゅっきゅっというトカゲの鳴き声に、リザードマンの目がぎろりと動く。そして、リザードマン
の喉からも、きゅっきゅっという鳴き声が漏れ出た。
 きゅいきゅいというトカゲどうしのやりとり。
 その最中、トカゲの一匹がサンダウンによじ登り、菓子博の招待状を奪い取っていく。招待状を咥
えて、ばっと地面に飛び降り、再びリザードマンに駆け寄る。
 トカゲの咥えた招待状を受け取り、中身を検分していたリザードマンは、一瞬、ちらりとサンダウ
ンのほうを見た。が、それは本当に一瞬のことで、それ以降はまるで興味がないと言わんばかりに、
招待状を眺めている。
 やがて、招待状の検分が終わったらしく、リザードマンはトカゲに招待状を返す。トカゲが招待状
を受け取ると、二人のリザードマンはのっそりと身体を道の脇に移動させ、道をあける。どうやら、
これで通って良いという事らしい。
 サンダウン達も通って良いのか、と思いつつもトカゲの後に従ってリザードマンの前を通り過ぎる
と、特に咎められもしなかったので、別にトカゲ以外の者が通っても構わなかったらしい。
 というか、サンダウンが鬼火であることに、彼らは気が付いていたのかいなかったのか。
 色々と気になるところではあったが、ひとまず一番よく分かったのは、トカゲがリザードマンと意
思疎通できる、という事である。それともこれは逆で、リザードマンがトカゲと意思疎通できる、と
言ったほうが良いのだろうか。どちらにしても結果は同じだが。
 きゅ。
 一匹のトカゲが、くるりと振り返り、サンダウンの足元に寄ってくる。招待状を咥えたトカゲだっ
た。どうやら、お前が持っていろ、と言いたいらしい。まあ、ずっと咥えているわけにもいかないだ
ろう。
 屈んで、トカゲから招待状を取り戻したサンダウンは、ふと首筋にぱたぱたと動くものを感じる。
視線を下ろせば、マッドが眠そうな表情で耳をパタパタさせていた。

「……さっき、なんかにほんあしであるいてる、とかげがいたようなきがしたぞ。」

 こいつみたいにしっぽをつかわず、あしだけであるいてたぞ。
 マッドは腕に抱えていた白トカゲを見下ろしながら、ぶつぶつと呟く。他のトカゲよりも、ちょっ
とだけ手足が長い白トカゲは、尻尾を支えにすれば、後足で立つことも可能だ。

「………リザードマン達の住処に入ったようだからな。」

 サンダウンは、マッドが見たものが見間違いではないと答えてやる。先程の門番以外にも、ちらち
らと二足歩行のトカゲが木陰の隙間から見えている。トカゲ達は一瞬こちらを見るが、それ以上は興
味を見せずに自分達の作業に戻っていく。
 ただ、

「キッド、なんかあっちに、あたまがいつつくらいあるヘビがいるぞ。あれ、なんだ?」
「ヒドラの一種だろう………。」

 どうも、リザードマン以外の爬虫類的な何かも、暮らしているらしい。

「キッド。でも、あのへび。なんかあたまどうしで、いいあいみたいなのしてるぞ。あのあたまって、
どういつじんぶつってやつじゃねぇのか。」
「………頭が別々だからな。感情や考え方は頭によって違うんだろう。」

 遠くから聞こえる蛇の、シャーッシャーッという威嚇音は、同じ体の別の頭に向けてのもののよう
だ。しかし、その合間合間に、何をそんなに怒っているのかが聞こえてくる。

「てめぇ、俺の飯まで食い漁りやがって!」
「別にいいじゃん。どうせ胃袋は一緒なんだし。」
「そういう問題じゃねぇんだよ!同じ胃袋でも、飯は分けて食うって、昔決めただろうが!」
「覚えてないもーん。」
「あー、とりあえず、そこの二人、ってか二頭?うるさいからやめてくれませんかねー?」

 食事についてのことで揉めているらしい。
 というか、普通に喋っているな、あの蛇。今のところ、リザードマン達からは、きゅいきゅいとう
鳴き声しか聞こえてこないのだが。まさか、蛇のほうが他種族と交流があるとかではあるまいな。

「キッド、あの蛇、しゃべってるぞ。」

 マッドの蛇が喋っていることが気になったのか、サンダウンの肩に顎を乗せ、蛇のほうを見ている。
 すると、視線を感じたのか、蛇のすべての頭が、こちらを向いた。サンダウンは別に蛇の視線など
は気にならないが、マッドは蛇としばらくの間見つめあっている。
 蛇のすべての頭は、マッドを見て目を瞬かせ、やがて顔を突き合わせる。

「おい、子犬がいるぞ。」
「あと、カボチャもねー。」
「珍しいな、ここまで別の種族が入ってくるなんて。」
「あ、あの子犬、食ったら、う、美味いのかな?」
「馬鹿、よせ、俺達のモットーは紳士、だろ。子犬を食うなんて野蛮な、信条に反することができる
か。」
「カボチャは、あれ、皮だけだから食えねぇだろうしな。」

 なんだか、妙な会話をしている。
 というか、マッドを食おうとしたらその時点で、頭全部が胴体と切り離されると思っていたほうが
いい。

「ところで、あのトカゲっぽいのはなんだ?」
「なんか、大量にいるねぇ。」
「あんなのいたっけ?」

 待て、ここの住人らしき蛇が、トカゲ達のことを知らないのか。どういうことだ。
 しかし、サンダウンの疑問など全く感じていないのか、トカゲ達はもっちもっちとリザードマンの
住処の奥深くへとマッドとサンダウンを誘うのであった。