ぽってぽってと足音が響く。その周囲をもちもちと短い手足が動く。その後ろを、サンダウンは足
音も立てずに枯葉のように追いかける。
 フリーメーソンでもライオンズクラブでもなく、リザードマン組合なるものが主催する菓子博に、
マッドはたゆまなく歩いて向かっている。

「疲れてはないか。」

 ただし、当初よりも幾分か歩調が遅くなっているのを見て、サンダウンはマッドの三角耳に問うた。
トカゲ達もマッドの顔色を窺っている。しかし、マッドは耳をぱたぱたさせて、

「このおれさまが、こんなことくらいでつかれるわけがねぇだろうが。」

 と言っている。
 どうにも強気な傾向がある子犬は、多少のことで根を上げたりはしないのだ。ただし、だからと言
って無理の限界をされても困る。
 ので、サンダウンがマッドの言葉を無視してマッドを抱き上げるのは、いつものことだ。そしてい
つものように、トカゲも何匹か釣れる。数匹のトカゲと共に抱き上げられたマッドは、耳をいっそう、
ぱたぱたさせる。

「なにしやがるんだ、きゅうに。」

 しかし、耳以外は特に動かさず、抵抗する素振りも見せない。

「ははん、あれだな。あんたがたまにかかる、おれをだっこしたくなるほっさだな。しかたねぇ。だ
っこされてやるぜ。」

 別に、サンダウンはマッドを抱っこしたくなる発作なんてものを患ってはいないのだが、そこをい
ちいち突っ込んでいると話が進まない――というか明後日の方向に進んでいくので、サンダウンはと
りあえず無言で頷いておく。
 数匹のトカゲと共にサンダウンに抱きかかえられたマッドは、しばらくの間足をぶらぶらさせてい
たが、やがてサンダウンが被っているカボチャをぺちぺちと叩き始めた。

「……何をする。」
「そろそろかえどきだよな。」

 ぺちぺちと叩きながら、マッドがカボチャの交換を促してくる。そういえば、菓子博のインパクト
で忘れていたが、そろそろマッドがカボチャの衣替えを主張してくる時期だった。思い出しながら、
しかし今年はまだカボチャを収穫していないな、と思う。

「てめぇ。カボチャをまだしゅうかくしてねぇから、こうかんしなくてもだいじょうぶ、とかおもっ
てねぇだろうな。」
「………思っていない。」

 まだ、そこまでは。カボチャを収穫していない、とまでしか、まだ思っていない。

「まあ、もしかしたらかしはくにも、かぼちゃはうってるかもしれねぇしな。あればかってかえれば
いいんだ。」
「………菓子博に、カボチャなんぞ売っていると思うのか。」

 カボチャを使った菓子はあるかもしれないが、サンダウンが被れるだけのカボチャを飾っていると
は思わない。
 そもそも。
 サンダウンは少し、眉を顰めた。
 普通に、マッドとトカゲについてやって来てしまったが、これはサンダウンが向かっていい場所な
のだろうか。
 サンダウンは鬼火だ。カボチャを依り代とする行く当てのない罪人の魂だ。これらは人々からは恐
れられ、異形の者からも忌避される。悪魔でさえ憐れむという愚かな魂は、実を言えば子犬と共にい
る価値さえない。
 むしろ、子犬が懐いているから、辛うじて異形の中にも混じっていけるのだ。
 これから先に行く場所は、それが許される場所だろうか。子犬を見て、しぶしぶとでもサンダウン
を許す場所だろうか。
 菓子というものがサンダウンに不釣り合いであるという以前に、この世界そのものにサンダウンが
不釣り合いなのだ。
 と、急に視界が暗くなった。
 何事かと思っていると、カボチャの目から、トカゲが二体顔を覗かせている。いつもの幸せそうな
にんまり顔で。

「……………。」

 いや、サンダウンが世界そのものから不釣り合いである以前に、このトカゲ達にそのあたりの認識
はあるのだろうか。もしもこのトカゲ達にそういう認識がなければ、リザードマン組合なるものも、
そういった常識が欠如している集団であると考えずにはいられない。
 そして、にま、という擬態語がよく似合うトカゲの顔を見る限り、鬼火云々の認識はどうもなさそ
うな気配がする。


「キッドー?あんたなんかふらついてるぞー?もっときりきりあるけー。」

 抱っこしているマッドが、上機嫌に言う。
 サンダウンのカボチャの目の部分に張り付くトカゲを取り払うつもりは、どうやらないらしい。そ
してトカゲ達も、覗き穴から顔を引っ込めるつもりはないようだ。
 トカゲのにんまり顔を見ながら、サンダウンはのそのそと歩を進めた。