マッドは、先導するトカゲの後ろを、ぽってぽってと歩く。
 マッドが着ている臙脂とこげ茶のチェック模様のコートは、マッドが宣言した通り、おニューの服
である。サンダウンがわざわざ人里に降りて購入した――サンダウンが一人で勝手に人里に降りた事
に関しては一悶着あったのだが、それは別の話である――コートは、非常にマッドに似合っており、
目に入れても痛くないほどの可愛さである。
 ただ、気になるのはどういうわけだかトカゲ達がマッドとお揃いのチェック柄のフードを被ってい
る。奴らは一体、どこからそういった代物を調達してくるのだろうか。
 サンダウンは未だに謎に包まれているトカゲと、そのトカゲが持ってきた菓子博の招待状を見比べ
る。
 菓子博の主催者には、リザードマン組合、とあるが。
 先導する、ふかふかのトカゲ。
 あいつらは、リザードマンと、何か関係があるのだろうか。
 確かに、トカゲという点では関係があるのかもしれないが、リザードマンはとりあえず、二足歩行
して、人間達のように生活している異形である。獣人の一種であると考えればよい。しかし、マッド
になつく、ふかふかトカゲは、果たしてトカゲと称していいのかどうかも分からない物体である。
 というか、そもそも何者であるのかも、未だわからない。
 とりあえず、トカゲ、と称して、何らかの説明を求められた場合は、サラマンダーと言っているが。
 大体、トカゲってふかふかだったか。
 既に爬虫類系としては、おかしい触り心地である。

「マッド。」

 もしかしたら、とうとうトカゲ達の正体に迫るのかもしれない。と、わりとどうでもいい事を思い
ながら、サンダウンはマッドに手を伸ばす。
 マッドが振り返る前に、サンダウンはマッドの耳に付いている落ち葉を払い落とした。マッドはぱ
たぱたと耳を動かし、おう、と答える。
 マッド自身は、どうもトカゲの正体云々はどうでも良いらしい。
 いや、トカゲを初めて連れてきた当初は、このトカゲは何者だ、としきりに気にしていたようだが、
もはや数えるのも億劫なほどに増えた今となっては、どうでも良いことになってしまったようだ。

「マッド。」

 サンダウンは、もう一度マッドに呼びかける。今度はマッドの答えを求めぬものではなく、返事を
要する問いかけだった。
 サンダウンの言葉が、己に何かを問うものであると察したマッドは、今度こそ振り向く。

「なんだよ。」

 コートの襟口の白いファーの中から、マッドのぷっくり顔が現れる。頬が赤いのは寒いからか。な
ので、肝心の質問より先に、寒いのか、と問いかける。すると、マッドは口を尖らせ、

「んなわけねぇだろ。」

 と答えた。
 まだ雪も降ってないのに、寒いわけがない。
 そうのたまう子犬に、雪の有無だけで寒さが図れるわけではないだろうに、と思うが、そこには敢
えて突っ込まない。突っ込めば、倍にして返ってくるので言わない。サンダウンはそんな無駄な事は
しない。
 そうか、と頷き、ところで、と本題に入る。

「お前はリザードマン組合を知っているのか?」
「しらねぇ。」

 当然のように答えるマッド。知らない連中が主催する菓子博に行こうとしているわけだが、それで
良いのか。まあ、トカゲ達が持ってきた招待状である以上、マッドに何かしらの危害が与えられるわ
けではないとは思うのだが。
 それとも、これはトカゲ達の罠なのだろうか。マッドに近づき、なついたふりをして、マッドをお
びき出し、そして何をするつもりなのかは分からないが。
 考えて、あほらしくなった。
 マッドをおびき出して、本当に何をするつもりなのかが思い浮かばないのだ。大体、サンダウンが
ついてきている時点で、マッドをおびき出して何かしらの行為をする、という案は地に落ちている。
 マッドに何かあったなら、トカゲ達はその場で鯵の開きよろしく干物になっているだろうし、リザ
ードマン組合なる謎の組織も壊滅しているだろう。

「そういや、なんなんだろうな、リザードマンくみあい。」

 今更ながら首を傾げる子犬。
 その姿は可愛らしいが、危機感をまるで持っていない。

「にんげんのせかいには、ふりーめーそんとか、ひみつけっしゃがあるってきいたことがあるぞ。そ
んなかんじなのか?」

 獣人の子犬が知っている時点で、それは既に秘密結社ではないな。
 サンダウンは、人間だったころに微かに聞いたことのある秘密結社の名前を、どこから仕入れた知
識なのかは知らないがマッドの口から聞いて、薄っすらとそんなことを思った。
 そして、リザードマン組合は、サンダウンとマッドが知らないだけで、たぶん秘密結社とかそうい
うものではない。リザードマン、というか爬虫類族はあまり表に出てこないので、こちらが知らない
だけだろう。
 リザードマン組合も、先程、謎めいた、と言ったが、大方爬虫類族が寄り集まって、自治会的な事
を取り仕切る何かではないか。
 あるいは、

「むしろライオンズ・クラブだろう。」

 自由を守り、知性を重んじ、われわれの国の安全を図る、なんてスローガンがあるかどうかは知ら
ないが。
 サンダウンの言葉に、マッドは耳をぱたぱたさせる。

「らいおんずくらぶって、なんだ?」