マッドは、ふんふんと鼻歌を歌いながら歩き、上機嫌であった。マッドの周りを取り囲み、マッド
の歩みに合わせて歩くトカゲ達も、相変わらず幸せそうなにっこり顔であった。
 その後を追うサンダウンは、カボチャをかぶっているので表情は見えなかったが、いつもの如く無
言のまま黙々と歩いている。
 普段と変わらぬ気配を纏うカボチャ男に、マッドはくるりと振り返り、きりっと人差し指を突きつ
ける。マッドが回れ右をした瞬間に、示し合わせたようにトカゲ達もくるりと向きを変え、マッドが
指さした方向――サンダウンの顔を見上げる。

「おい、キッド!てめぇはどうしてそう、しんきくさいけはいばっかりだだもれなんだ!このおれさ
まのじょうきげんに、みずをさしたいってのか!」

 足元でサンダウンを指差すマッドだが、生憎とサンダウンとマッドでは身長差が凄まじいので、マ
ッドの人差し指の先端は、何をどうしてもサンダウンには届かない。
 届かない、が、サンダウンはわざわざ足を止めて、目の前の子犬の人差し指に乗せされた言い分を
聞く。

「せっかく、ひさしぶりにとおくにでかけられるから、おれのきげんはじょうじょうだってのに、て
めぇのけはいのせいで、きぶんがだださがりだぜ!ちょっとはたのしそうにしやがれってんだ。」

 足元で耳をパタパタ、尻尾をふりふりしながら言う子犬は、その文句も飲み込んでしまえるほどに
は可愛らしい。可愛らしい、が。

「…………菓子博に行って、私が楽しめるとでも?」

 カボチャ頭の鬼火であるサンダウンは、ぼそりと呟く。その呟きを聞き取ったマッドは、ふるふる
と首を横に振った。トカゲ達も、なんだか微妙な顔をしていた。




 そもそもの発端は、トカゲである。
 いつの間にやら、すでに数を数えるのも面倒になったくらいに増えた、ふかふか、というトカゲに
は似つかわしくない擬態語が当てはまる手触りのトカゲ。
 彼らの正体は未だわからず、ただ、彼らはマッドに懐いてマッドの周りを今も取り囲んでいる。
 そのトカゲの中の一匹が、つい先日、口に巻物を加えてマッドの前に現れたのが、すべての始まり
であった。
 トカゲはマッドに懐いているが、別に飼われているわけではないので、入れ替わり立ち代わりして
いたりする。姿を消している間、彼らが何をしているのかは不明である。
 とにかく、謎に包まれたトカゲのうちの一匹が、口に巻物を加えて帰ってきたのである。
 その巻物は、当然の如く、マッドの前に差し出された。

「なんだ、これ?」

 トカゲから巻物を手渡されたマッドは、たまたま近くにいたサンダウンに、巻物を見せながら問い
かけた。
 ほどかれた巻物の中には、何やら地図と文字が描かれている。
 ちんちくりんのマッドは、ちんちくりんだからと言って文字が読めないわけではない。犬の獣人で
あるマッドの成長は、遅い。マッドに限らず、獣人は皆そうだ。いや、異形の者達の大半が、人より
も長い時をかけて成長する。
 成長しないのは、鬼火といった、もはや異形でさえない、不吉な魂くらいのものである。不老不死
と実しやかに囁かれる吸血鬼でさえ、実際は不死ではないのだ。
 話を戻そう。
 ちんちくりんのマッドは、なので、ちびであるからといって文字や数字が読めないわけではない。
おそらく、同世代に見えるであろう人間の子供たちよりも長く生きているはずであるマッドは、きち
んとそのあたりの知識は持っている。
 ただ、それでもマッドがサンダウンに巻物の中身の意味を問うたのは、巻物に描かれている言葉が
いまいち意味の分からない言葉だったからだ。

「かしはく、って、なんだ?」

 菓子博。
 まあ、異形の者には聞きなれぬ言葉だろう――というか人間でも、ある特定の地域の住人しか知ら
ないような言葉ではあるが。
 
「菓子の、博覧会だ。」

 サンダウンは、とりあえず、そのままの言葉の意味を伝えた。しかし、マッドの疑問は尽きなかっ
たようで。

「それ、なにをするんだ?」
「………菓子を並べて鑑賞するんだろう。」

 博覧会なのだから。
 すると、巻物を加えていたトカゲが、きゅきゅっとなく。しっぽで地面を叩きながら何かを訴えて
いる。
 マッドは屈んで、トカゲと目を合わせると。


「みるだけじゃねぇのか。」
 きゅ!
「くえるのか。」
 きゅ!
「たくさん、いろんなのがあるのか。」
 きゅ!

 マッドの問いかけに、トカゲは頷きながら、返事をする。とりあえず、トカゲの様子を見るに、色
んな菓子を見たり食えたりする博覧会、らしい。 
 納得したマッドは、くるりとサンダウンを振り返ると、

「キッド!おれは、かしはくにいくぞ!」

 巻物にはきちんと、菓子博の日程と場所まで書かれており、地図まである。
 別にサンダウンは、マッドを止めようとは思わない。もしもこの巻物が、家のポストに勝手に突っ
込まれていたものならば、サンダウンは怪しんだであろう。マッドをおびき出す何かの誘いかと疑う
ところである。
 ところが、これはトカゲが持ってきたものである。すでに胡散臭いを通り越して、何か一種の信用
通知のような風情がある。
 いや、それよりも、なんでトカゲがこんなものを持ってきたのか。少なくとも、悪意ある行為では
ないと思うのだが。
 けれども、マッドはそのあたりはさほど疑問に思ってないらしく、

「いくときまったら、それまでに、ふくをちょうたつしねぇとな!」

 どうやら、おニューの服で行くと決めたらしい。それについても、サンダウンは特に止めるつもり
はないが。
 ただ、菓子博の主催者のところに、『リザードマン組合』と書かれているのが、若干、気になった。