つまらねぇんだぞ。
 マッドが、口を尖らせて、心底おもしろくなさそうに、おもしろくないと告げる。
 季節外れの大雪で家の中に閉じ込められたマッドは、トカゲを一匹抱え込んで、つまらねぇぞ、と
繰り返す。

「雪だからな。」

 サンダウンは、とりあえず、そう言ってみる。雪が降り積もっているので、他の魔族達も遊びまわ
ったりはしていないだろう。大方、今年の冬越えに必要な食糧があるか、大人達は真剣に考えている
はずだ。
 子供達はそこまで深刻にはなっていないだろうが、けれども大事を取って大人達から遊び回る事を
制限されているかもしれない。

「きょうはまんせいせつのまえのよるなんだぜ。」
「だが、雪だからな。」

 万聖節の前夜、魔族の子供達はあちらこちらの家々を巡り、お菓子を貰う。それは人間の子供と同
じだ。
 けれども、雪に振り込められた今年は、万聖節どころではないのではないか。そんな事をする余裕
は、何処の家もないのではないか。

「つまらねぇぞ。」
「仕方がないだろう。」

 毎年、万聖節の度にお化けカボチャを準備して、子供達を驚かせる事に嬉々としているマッドは、
今年はそれができないかもしれないとなって、ぷくんと頬を膨らませる。

「カボチャもちいさいままだったし、さてはあんた、きがえをいやがるあまりに、ゆきをふらせやが
ったな!」
「できん。」

 悪天候をサンダウンの責任にし始めた子犬に、サンダウンは短く答えた。
 サンダウンはお化けカボチャだ。鬼火だ。全てから見放された、紛う事無き罪人の魂だ。誰にも消
せない、しかし何かに縋らなくてはならない魂の炎は、あまりにも罪深く、故に何者からも厭われる。
伸びる影は天と地の間に広がる深き淵であり、纏う風は死臭よりもなお重い。
 が、それだけ業深くとも、天候など左右できるほど、大それた存在というわけでもない。
 なので、マッドの言は完全に濡れ衣である。
 それよりも、とサンダウンは話を変える。変えたところで、マッドの前では意味はないかもしれな
いが、とにかく変える。

「食料のほうは、大丈夫なんだろうな。」

 サンダウンは良い。鬼火である身体は、食事などなくともなんとでもなる。だが、マッドは――つ
いでにマッドの周りを囲うトカゲ達は――そうはいかないだろう。この冬を越すだけの食料が、必要
になる。
 しかし、サンダウンの杞憂をマッドは一蹴した。

「このおれをだれだとおもってやがる。ふゆのじゅんびなんか、なつのあいだにおわらせてるぜ。」

 このまえのこのみだって、ひじょうしょくだしな。
 何故だか、マッドの周りでトカゲ達も頷いている。

「それにこいつらは、きちんとじぶんのぶんのしょくりょうはあつめてるぜ。このまえさかなをたく
さんとってきたからな。ひものにしておいてあるから、はるまでじゅうぶんあるぜ。」

 きゅい、とトカゲ達が誇らしげに鳴く。

「ふゆのじゅんびをなにもしてねぇのは、キッド!てめぇだけだ!」

 びし、とマッドの人差し指が、サンダウンを射抜く。
 子犬の主張に、サンダウンはやはり短く答える。

「必要ないからな。」
「そんなわけないだろうが!」

 間髪入れずに、マッドが反論した。きゃんきゃんと吼える子犬に、トカゲも呼応して――よもや遠
吠えの真似ではあるまい――きゅいきゅい鳴く。

「てめぇはころもがえっていう、てめぇにとってかんじんなことをわすれてやがるな!」
「必要不可欠というわけではない。」
「ふけつだぞ!におうぞ!かれいしゅうだぞ!」
「鬼火に加齢臭なんぞあるか。」

 加齢臭という言葉に、サンダウンは妙な勘違いをされても困るので、反論しておく。鬼火には、加
齢臭などない。

「加齢臭などない。」

 重要なことなので、二回言っておく。

「きづいていないだけじゃねぇのか。」
「本当に臭ったら、お前はもっとうるさいだろう。」

 綺麗好きのマッドの事だ。本当にサンダウンが臭ってきたら、本気でカボチャを引っぺがしにくる
に違いない。ふかふかのトカゲを引き連れて飛び掛かってくる事が容易に想像できる。

「でも、れいせいにかんがえてみろ。いちねんもおなじカボチャをかぶってるのは、ふけつだろ。じ
ょうしきてきにかんがえて。」

 そして、はっとした表情を浮かべた。まるで、恐ろしい事を思いついたとでも言わんばかりに。

「まてよ……あんた、そのぽんちょとぼうしも、いっつもきてるよな。おれがみるかぎり、せんたく
とかしてねぇよな。」

 ポンチョと帽子に限らない。シャツもズボンも、サンダウンは基本的には洗わない。
 鬼火だから。
 マッドが、一歩退いた。
 トカゲ達も後退した。
 マッドの唇が、小さく動く。どうやら、さいていだ、と呟いたらしい。そして、本格的に我慢なら
なくなったのだろう。

「さいていだ!さいていだぞ、あんた!かぼちゃどころかぜんしんがふけつのかたまりじゃねぇか!
あんたはふろもひとりではいれねぇのか!トカゲだってふろぐらいかってにはいるぞ!」
「鬼火だから風呂には入れん。」
「でもふくはあらえるだろうが!おにびであることをいいわけにして、なんでもかんでもたいだにく
らしてんじゃねぇ!」

 鬼火である事を言い訳にして、何でもかんでも怠惰に暮らしてんじゃねぇ。
 マッドの言葉は、鬼火として絶望の淵を生きるサンダウンにとっては痛い言葉だ。ただし、マッド
が指摘しているのはサンダウンの生き様と言うか、サンダウンが洗濯も着替えも碌にしていないとい
う、鬼火として以前に人として駄目な部分を言っているのだ。これが、なんとも間抜けである。
 さっさとふくをぬいであらえ!と吠える子犬に、サンダウンは静かに、他に服を持っていない、と
いう冷酷な事実を突き付ける。
 しかし、親兄弟を流行り病ですべて亡くした子犬にとって、そんなのは大した事実ではなかった。

「カボチャにこもれ、カボチャに。」

 カボチャがよりしろなんだから、だいじょうぶなんだろ、あーん?
 何処かのチンピラめいた口調で言うマッドに、そんな言葉遣いを覚えてきたのか、とサンダウンは
少し考え、けれどもよく考えればマッドは割と普段からそういう言葉遣いをするな、と思い返す。

「ただしそのまえに、ゆをわかせ。あんたのふくをあらうんだから、それくらいしろよ。」

 別に湯を沸かすくらい、マッドの風呂の為にいつもしていることである。なので、別に構わないが。

「洗った後、乾くまで私はどうすれば。」
「だからカボチャにこもれっていってんだろ。」

 これにこりたら、きがえのひとつくらいじゅんびするんだな。
 洗剤を片手に、マッドが吠えた。