家の中はカボチャの匂いでいっぱいだった。
 
 
 
 
 そう言うと、何が起きたのかさっぱり分からないかもしれないが、単純にマッドがハロウィン用の
カボチャを刳り貫いただけの話である。
 毎年、マッドは恒例行事としてカボチャを刳り貫くのだが――そうやってカボチャのランタンと、
サンダウンの着替えを作る――この刳り貫きは、その他諸々の後始末も考えて外で行われている。だ
が、今年は異常気象なのか、十月の終わりだと言うのに、既に雪が降り積もっている。

「さむい。」

 マッドは鼻先だけを扉の外に出すと、ふるりと震えてそのまま家の中に引っ込んだ。
 以降、マッドは外に出る時は犬耳フードを付けて長靴を履いて尻尾袋を着けるという完全防備でな
ければ、外には出なくなった。

「べつにひきこもってるわけじゃねぇぞ。ひつようなときはちゃんとそとにでてるからな。」

 部屋の真ん中で仁王立ちになって、子犬が吠える。
 別に分かっているから、いちいち言わなくても良い。サンダウンはマッドの言い分にそう思いなが
らも、余計なことを言う性質ではないので、無言で頷いた。そんなサンダウンの手には、落ちたカボ
チャの種や汁を拭き取る為の布巾が握られている。
 マッド曰く、おれがかぼちゃのなかみをくりぬいているあいだ、あんたはなにもしないつもりか、
という事らしく、サンダウンは落ちたボチャの種を拾う事になったのである。
 尤も、こうしたブツは、サンダウンよりも、マッドよりも、更に床に近いところにいるトカゲ達が
素早く拾ってしまうわけだが。

「………私がカボチャを刳り貫いたほうが良くはないか?」

 小刀を握り締め、カボチャを穿っているマッドに、サンダウンは問う。もしも他の獣人達にこんな
姿がばれたなら、刃物を持たせるなんて危ない事をさせるな、と喚かれた事だろう。しかし、当の本
人は、ふんふん鼻歌を歌いながらカボチャを穿っている。

「もんだいねぇぜ。」
 
 マッドは耳をぱたぱたさせながら答えた。
 毎年サンダウンがカボチャを刳り貫いているが、それはサンダウンの着替え用も兼ねて、巨大カボ
チャを刳り貫かねばならないからだ。小さいマッドでは、巨大カボチャを刳り貫くのは危険だ。
 だが、今年のカボチャは小ぶりだ。マッドでも普通に持ち運びができる。加えて、ランタンにする
もの以外は茹でてしまって、柔らかくなっている。なので、マッド一人でもカボチャを刳り貫く事は
できると判断し、サンダウンは役目をマッドに渡したのだ。
 刳り貫いた中身を瓶に移し替えているマッドの周りを、トカゲ達が自分も仕事をしている気になっ
ているのか、実際に何をしているわけでもないのだが、うろうろしている。たまに種とかを拾ってい
るから、一応仕事はしていることになるのかもしれないが。
 そんなトカゲ達を見てか、マッドはカボチャを詰めた瓶を、トカゲ達の頭や背中に乗せる。すると、
トカゲ達は瓶を乗せたまま戸棚に向かい、戸棚でそれを降ろしてから再びマッドのもとに戻ってくる
という行動を見せ始めた。 
 取って来い、ではなく、持っていけ、も出来るのか。
 まあ、トカゲ達の行動が、普通の犬猫よりも遥かに優れているのは今に始まった事ではないので、
驚きもしないが。
 だから、マッドはトカゲ達をペットではない、と称したのか。
 しかし同時に、サンダウンをペットであると見做した事を思い出し、マッドの中でペットかそうで
はないかの区別は、どうやら別の場所にあるのだろうと考える。サンダウンにとっては、甚だ不本意
だが。

「マッド。」

 ふと、気になって聞いてみた。
 マッドがぴょこ、と顔を上げる。 

「………ペットが欲しいのか?」
「いらねぇ。」 

 即答だった。 
 では、何故ペットどうこう言い始めたのか。

「あんただけでもてがかかるのに、このうえペットなんかいらねぇぜ。」

 そして未だにサンダウンをペットに近しい者としている。

「あれだ。いぬがいぬをひきつれているっていうへんなもんをみたからだ。」
「犬が犬を?」
「おれがいぬをひきつれてるようなもんだよ。」

 察しの悪い奴め、と言わんばかりの表情でマッドがこちらを見る。いや、犬が犬を引き連れている、
では分からない。

「つまり、犬の獣人が犬を引き連れているのを見たのか。」
「さんびきもな。」

 お前は無数のトカゲを引き連れているが、とサンダウンは思ったが、口にはしない。

「ああいうのはどうなんだ。ともぐいとかそういうのに、にてるきがしねぇか?」
「犬の獣人が猫を引き連れていたら良いのか?」
「それはそれでおかしいだろうがよ。」
「お前がトカゲを引き連れているのは?」
「あいつらはペットじゃねぇぞ。」

   マッドが口を尖らせる。マッドの中には、やはりトカゲとペットがイコールとなることはないよう
だ。

「おれがいいたいのは、おれらだっていぬとかねことにたようなもんなのに、それをペットとかいう
のはどうかっていうことだ。」
「……確かに、鼠の獣人が犬を飼うのは妙な気がするな。」

 サンダウンが同意すると、そうだろうそうだろう、とマッドは頷く。
 けれども、それならマッドがサンダウンをペットと称した意味がよく分からない。しかし、それを
問おうにも、マッドは既にペット云々の話は終わったと思っているらしく、耳を前に戻し、真剣な表
情でカボチャを穿っていた。