マッドは妙なものを見ていた。
 自分と同じ、犬の獣人が犬を引き連れて歩くという、実に珍妙な光景であった。




 今年の冬はやってくるのが早かった。
 いつもなら、今の時期は木々がその髪の色を変え始め、幾多の実をつけてはを振り落し、それを掻
き集める動物達の姿が見られるのだが、今年はそれよりも早くから空を雲が覆い隠し、真っ白な雪を
振り落し、あっという間に辺りを白く覆い尽くしてしまった。
 おかげで動物達に限らず人間も――そしてもちろん、魔物やら妖魔やらの名前で呼ばれる異形の者
達も、冬を越す為の蓄えを貯める前にやって来た冬の色に、右往左往することとなったのだ。
 と言っても、子供達には、特になんだかんだ言いつつも、人間や動物よりも体力のある異形の子供
達には、あまりぴんと来ない話で、むしろいつもよりも早い雪にはしゃいで、食料云々の話はまだま
だ逼迫してはいなかった。
 森の奥に住まい、更には知恵ある彼らは、森の恵みを多大に受け、且つそれを日頃から蓄え続けて
きた。だから、冬が早くやってこようが、せいぜい普段よりも御馳走を食べる機会が少なくなる、程
度の問題にしかならない。
 なので、子供達はいつもと変わらず、あちこちで遊び回っていた。
 しかし、この子供達の中に入らないのが、ちび犬のマッドである。
 元は良いところの犬の獣人の子供なのだが、眼も開かない赤ん坊の頃に、流行り病で親兄弟を悉く
亡くした子犬は、庇護する親がいないため、一人で自分の食事を賄わなくてはならない。むろん、冬
を越える為の食料も、である。
 一人分の食料とはいえ、子犬一人でそれを掻き集めるのは、なかなか難しい。しかも冬の早い今年
は一際である。マッドは他の子供達が遊ぶのを尻目に、雪を掻き分けては木の実を拾う作業に没頭し
ていた。
 その作業の最中、冒頭の珍妙な光景に行き当たったのである。
 別に、獣人がペットを飼ってはいけないという決まりはない。獣人だって牧場の経営をする事もあ
るし、養鶏をやっていることもある。しかし、同族に近い動物を飼っているという光景は、傍目から
見れば、やはり奇妙なものだ。鳥人が養鶏を行っているのと同じ奇妙さを感じる。
 木の実を入れた袋を抱えながら、マッドは通り過ぎる犬の獣人と、その獣人の脚元にじゃれついて
いる三匹の犬を、きょとんとした表情で見ていた。
 雪を掻きわけ、手にした枝を振り振り歩いていたその獣人は――マッドよりも少し背が高い――マ
ッドの視線に気が付いたのか、ぴたりと立ち止まる。そして視線の主がマッドであると気づくと、ふ
ふん、と鼻先で笑った。

「なんだ、ちび犬か。」

 自分も大してでかくないが、一応自分よりもチビであるマッドを見て、勝ち誇ったように言う。
 しかし、マッドは相手の言葉には興味を示さず、獣人と犬を見比べ、

「ともぐいすんのか。」

 と言った。
 マッドからの思いがけない一言に、子供は一瞬呆けたようだが、バッカじゃねぇの、と馬鹿にしく
さった声を上げた。

「こいつらはおれのペットだよ。ペット。このまえ、スミスさんとこの犬が子どもを産んだから、わ
けてもらったんだぜ。おれのいうことは何でもきくんだ。うらやましいだろ。くやしかったら、おま
えもペットをかってみたらどうだ?おまえはチビだから、むりだろうけど。」

 子供の周りで、三匹の犬が尻尾をパタパタ振っている。子供の周りから離れようとしないあたり、
懐いているようではある。が、いう事をきいていると言っていいのだろうか。

「いうこときいたら、ペットなのか。」

 木の実の入った袋を抱えたまま、マッドは小首を傾げて問う。
 途端に、子供と犬の周りの雪の中から、ずぼ、と、無数の茶色く丸っこいものが顔を出した。円ら
な眼をしたそれらは、いつからそこにいたのかは分からないが、子供を取り囲んでいる。
 唐突に現れたそれらに、子供だけではなく犬も、びくっと身を強張らせた。

「こいつらは、じゃあ、おれのペットなのか。」

 自分のいうことを良く聞くトカゲ達を指して、マッドは問いかける。
 先程、マッドは一人で食料捜しをしているように言ったが、正確にはそうではない。マッドには、
自分と一緒に食料捜しをする、どういうわけだがふかふかのトカゲ――おそらくサラマンダーであろ
う――がいるのだ。
 マッドのいう事を良く聞くトカゲ達に取り囲まれた子供は、そんなんじゃねぇぞ!と吠える。

「そいつらは最初からお前のいうことを聞いてるだろ!ペットってのはそういうんじゃないぞ!ちゃ
んとしつけないといけないんだからな!それをして初めてペットっていえるんだからな!」

 妙な理屈をこねて、マッドにはペットがいないと決めつける子供に、マッドはふうんと唸る。しか
し、それ以上子供に構っているほど、マッドは暇ではない。まだもう少し、木の実を拾っておかなく
てはならないのだ。
 まだ何か言いたそうな子供と、トカゲに取り囲まれて凍り付いている犬を置き去りにして、マッド
はてくてくと森の奥に向かった。その後を、トカゲ達が追いかける。





 ざくざくとサンダウンは雪を掘り返していた。先日から続く雪のおかげで、マッドのカボチャ畑も
雪の中に埋もれてしまったのだ。
 毎年、万聖節の時期になるとカボチャを収穫するマッドは、この事実に非常に御立腹で、サンダウ
ンに、てめぇの着替えにもなるんだからてめぇが掘り起こせよ、とのたまって、自分は木の実拾いに
出かけてしまった。
 サンダウンは、着替えはともかく別にマッドに逆らう必要性もなかったので、大人しく言われた通
りに雪を掘り返し、ついでにカボチャの収穫も行っていた。
 カボチャを依代とする鬼火の一種であるサンダウンは、家族を失ったマッドの、一応、保護者とい
う立場に置かれている。
 何を隠そう、流行り病で親兄弟を失ったマッドを拾ったのが、サンダウンだったのである。
 しかし鬼火とはこの世の妖魔で最も忌み嫌われている類である。他の獣人達は幾度となくマッドを
取り上げようとしてきたが、マッド自身がサンダウンから離れようとしなかったため、サンダウンは
今でもマッドの保護者のままである。
 そんなサンダウンに対して、マッドが向ける眼差しは、感謝のそれよりもひたすらに駄目な大人へ
向けるものである。マッドがカボチャ畑を作っているのも、単にサンダウンが駄目な大人の見本にな
りつつあるからである。
 サンダウンにしてみれば、人間であった頃よりも鬼火である今で何が一番楽かと言えば、風呂に入
ったり服を着替えたりする必要がなくなった事である。鬼火は匂いも発しない、汚れもしない。せい
ぜい、依代であるカボチャが汚れるくらいである。
 が、マッドはそれが気に入らない。ふけつだ!というのがマッドの言い分である。しかし鬼火を風
呂に入れるとどうなるのか分からないので、せめて年に一回、サンダウンはカボチャの交換を強いら
れている。
 しかし、今年のカボチャは小ぶりである。
 カボチャを収穫しながら、サンダウンはそんな事を思う。サンダウンが被れるほどのカボチャはな
い。
 ふむ、と蔓を切りながらカボチャを眺めるサンダウンの耳に、さくさくと雪を踏み締める音が届い
た。サンダウンは獣ではないが、それでも見知った足音を聞き分けることくらいはできる。

「……首尾はどうだ。」
「まあまあだな。」

 振り替えずに問うたサンダウンに、マッドの声が返ってきた。袋を木の実でいっぱいにしたマッド
は、よちよちとサンダウンのほうに近づいてくる。その後についてくるのは、マッドが何処からか拾
ってきて、そのまま倍々ゲームで増えていったトカゲ達である。

「そっちはどうだ?」

 マッドの問いに、カボチャを示す事で答えると、マッドは渋い顔をした。

「ちいさいぞ。」
「仕方ないだろう。」

 カボチャの小ささを指摘されても、サンダウンにはどうすることも出来ない。渋い顔をしたマッド
がサンダウンを見上げ、

「あんた、なんかしたんじゃねぇだろうな。」
「無茶を言うな………。」

 鬼火にカボチャの大きさをどうこうする力などない。
 マッドはしばらく、疑わしげにサンダウンを見ていたが、やがて、懐から何かを取り出し、サンダ
ウンに突き付けた。
 赤い輪っかの形をしているそれは、首輪だった。
 手渡されたサンダウンは、しばらくそれを眺めていたが、身を屈めてマッドの首にそれを着ける―
―と、暴れられた。

「なんでおれが、そんなうっとうしいもんつけねぇとならねぇんだ!」
「………これは獣人用の装飾だろうが。」

 首輪が獣人がアクセサリーで付けているものであることくらい、サンダウンでも知っている。が、
マッドは、ぶんぶんと首を振る。

「あんたがつけるんだぞ!」
「……………。」
「あんたは、おれのペットだからな!」
「……………。」

 マッドのあんまりな台詞に、サンダウンはマッドの周りにいるトカゲを見る。トカゲは円らな眼で
サンダウンを見ている。

「ペットなら、いるだろう。」
「あんたがな。」

 じゃなくて。

「トカゲが。」
「こいつらはペットじゃねぇぞ。しつけるひつようがねぇし。それにさんぽにだって、じぶんでいけ
るからな。」
「散歩。」

 散歩くらい、サンダウンにだって。

「あんたのはさんぽじゃなくて、はいかいっていうんだぜ。」

 痴呆老人と一緒にされた。

「だいたい、あんたはきがえも碌にしないからな。だったらペットとして、いちからしつけなおした
ほうがいいんだぜ。」

 きぃ、とトカゲ達が同意の声を上げた。