よく沸いたお湯を刳り貫かれたカボチャの中に注ぎ込む。
 たっぷりとお湯を入れられたカボチャからは、仄かな甘い香りがする。湯気がじっくりと立ち昇り、
良い出汁が取れそうな感じがする。
 その中を、ぷかぷかと、幾つもの茶色い物体が浮かんでは漂っていく。黒い斑点があるその茶色い
物体は、時折お湯の中に沈んでは再び浮かび上がって、そして円らな眼でこちらを見上げる。
 さて、巨大カボチャを刳り貫いて作った風呂は、見事に完成した。そして、早速お湯が張られた風
呂の中には、茶色いトカゲ達がのんびりと浮かんだり沈んだりして、その湯加減を満喫していた。




 はて、トカゲというのは風呂に入って大丈夫だっただろうか、と、まったりと風呂に使っている彼
らを見て、サンダウンは思う。少なくとも、好き好んで水に入るトカゲというのは、サンダウンは知
らない。水に弱いというわけではないが、しかし水を好みもしないのが、自然界のトカゲである。
 尤も、増えに増えた茶色いトカゲ達が、本当にトカゲという括りで良いのかは、誰にも分からない。
これまでに、マッドもサンダウンも何度も疑問を呈してきたが、彼らが何者であるのかは、終ぞ知れ
ない。
 分かっていることは、彼らは丸みを帯びたトカゲの形状をしており、冬になると何処から持ってき
たのかフードを被り、きゅいきゅいと鳴き、そして肌触りがふかふかである、ということだけだった。
 なお、冬眠はしない。
 サンダウンはサラマンダーではないか、と検討を付けているが、火蜥蜴と呼ばれるそれらが、果た
して風呂に入るのかと問われれば、サンダウンはぐうの音も出ない。火蜥蜴は、総じて水に弱い生き
物だ。いや、水くらい一瞬で蒸発させることはできるかもしれないが。 
 サンダウンは、お湯に浮かぶトカゲ達を見る。
 サラマンダーは、お湯に浸かって、まったりとしたりは、しないだろう。にゅっとお湯から顔だけ
を突き出して、普段から幸せそうに微笑んでいるように見える顔を、ますます綻ばせてうっとうりと
眼を閉じているトカゲ達が、水に弱いわけがない。
 そんなトカゲの生態など、今はどうでも良いのか、カボチャ風呂の隣ではマッドがトカゲを一匹捕
まえて、わっしゃわっしゃと石鹸を泡立たせている。もくもくと湧き上がった石鹸の泡は綿のようで
あり、マッドはその泡でトカゲを包み込んで、もふもふと洗っている。
 石鹸で洗っても大丈夫なのか、という疑問は当然のようにあったが、泡の間から顔を出しているト
カゲは、相変わらずふんにゃりと幸せそうな顔をしていたので、全く問題ないようだ。
 マッドは一匹のトカゲを泡だらけにすると、もう一匹を捕まえて泡だらけにする、という作業を繰
り返している。その為、サンダウンの目の前では、カボチャ風呂の中で出汁を取られているようなト
カゲと、泡だらけで地面を歩いているトカゲがいるという、奇妙な光景が繰り広げられていた。
 泡だらけのトカゲ達が、尻尾と顔以外完全にもこもこで、頭に角を付けたら羊に見えなくもないと
いうのも、妙であった。マッドもそれを考えていたのか、偶に、トカゲがいっぴき〜トカゲがにひき〜
と呟いている。
 そして、そう呟いているマッドも、やっぱり泡だらけだった。黒い頭は真っ白な泡で覆われて、耳
だけがぱたぱたと動いている。身体も泡だらけで、黒い尻尾だけが見えている状態である。これで、
羊のように見えないのは、一重に泡から突き出ている耳と尻尾が犬のものだからである。
 ぱたぱたと動く尻尾と耳が、泡を掻き混ぜて、シャボンがあちこちに跳ね回る。ふわふわと漂うシ
ャボンを、羊になったトカゲ達が追いかけ、更にシャボンが生み出される、という循環が出来ている。
 しかし、これまでマッドがトカゲをこうもごしごしと洗うことはなかった。トカゲ達も風呂に入る
ことはあったが、泡を身に纏い羊トカゲになることはなかったのである。それが何故、急にこうして
泡だらけにして艶々にしようとしているのか。

「げきに、でるんだぞ。」

 トカゲを洗う理由について、マッドはこう答えた。
 子犬であるマッドは、万聖節の前夜にお菓子を貰いに行く時、毎年のように色々な魔族から、一緒
にご飯を食べてはどうかだとか、お誘いを受けている。特に、子供達が一堂に会して開かれるパーティ
の誘いは、とみに激しい。
 が、マッド本人はあまり興味がなく、これまで一度たりともその誘いを受けたことはない。
 しかし、今年はどういう気分だったのか、パーティの誘いに乗ったのである。あまりにもしつこい
誘いに適当に頷いただけなのか、ただの気紛れなのか、それは分からない。ただ、マッドが万聖節の
前夜、魔族達と共に過ごすことだけは確定だ。
 つまり、サンダウンはその日、一人で過ごすことになるのだ。
 別に、鬼火であるサンダウンにとって、一人となることは何ら珍しいことではない。マッドが来る
まで、サンダウンは常に一人で光と闇の間を漂っていた。だから、その夜、一人で過ごすことなど、
別段心動かされることではない。
 それに、マッドの事を考えれば、これは喜ぶべき事であった。
 マッドはいつかは獣人として生きていかなくてはならない。今までは獣人達と一緒にいようとせず、
いつもサンダウンと共に暮らしていたが、それが延々続くわけもない。こうして、少しずつ、本来の
世界に近づくことは、大切なことだ。
 ハロウィンのパーティに参加するというマッドは、ついでに劇にも出ると言う。ぺちゃくちゃと喋
るマッドに相槌を打っていたサンダウンは、控えめに、何の劇だ、と聞いたのだ。

「びじょとやぎゅうっていうんだぞ。」
「……………。」

 なんだ、やぎゅうって。
 カボチャのお面の向こう側で、サンダウンは子犬が鬼火には理解できない言葉を話し始めたのかと
思った。

「のろいをかけられて、やぎゅうになったおとこが、びじょとくらしてのろいをとくはなしなんだぞ。」
「……………。」

 聞いたことがある話だ。
 だが、それは美女と野獣ではないのか。
 野牛じゃなくて。
 心の中で突っ込むサンダウンに、マッドはトカゲの頭に角を付けて見せる。こういう角を付けるの
だ、と説明するマッドに、けれどもサンダウンは更に突っ込む。
 どう見てもその角は、メリノ種の羊の角だった。野牛でもない。

「その角を付けるのは、誰なんだ………?」
「こいつ。」

 マッドがトカゲを持ち上げてみせる。羊の角を付けられたトカゲは、別段嫌そうでもない。

「………美女は?」
「こいつ。」

 そう言ってマッドが指差したのは、マッドの脚元に隠れていた白トカゲである。昨年、おそらく苛
められて怪我をしていたところを、マッドに捕獲された白トカゲは、びくびくしながらもマッドの脚
元に寄り添っている。その白い頭には、ちょこんと花が飾られていた。
 雌だったのか、こいつ。
 いや、その前に。
 劇をするのは良いが、キャストが全員トカゲっぽいのはどういうことだ。
 お前は魔族のパーティに行くんだから、他の子供達と劇をするんじゃないのか。
 嫌な予感しかしない。

「やぎゅうが、いじめられてるびじょのところにカボチャのばしゃにのってやってきて、おまえのね
がいをかなえてやろうっていうんだぜ。」

 違う。
 美女と野獣にそんなシーンはない。カボチャの馬車も出てこない。

「……マッド、それはシンデレラだろう。」
「あんたのくちから、シンデレラってことばがでるとぶきみだな。あと、びじょのなまえはシンデレ
ラじゃねぇぜ。ベルっていうんだぜ。」
「……………。」

 美女の名前に関しては合っているが、その他諸々が違いすぎる。いや、全てをトカゲで賄おうとし
ている時点で色々間違っているのだが。

「さいごはカボチャのばしゃのうしろに、カボチャのちょうちんをつけて、それをひきずりまわすか
らな。たいていのちびどもはそれでなくぜ!」

 感動で泣かせるわけではなく、恐怖で泣かせるわけか。それはもう完全に、美女と野獣ではない。
というか、まさかパーティに参加する目的は、それか。毎年毎年、カボチャを使って子供達を阿鼻叫
喚に陥れないと気が済まない子犬は、今年はパーティの真っ只中でそれを仕出かすつもりらしい。
 くけけけけ、と鬼火でもそこまでは悪魔的にはなれまいと思える笑い声を上げ、

「そんなわけで、トカゲたちにはげきにでてもはずかしくないかっこうをしてもらうからな。しっか
りあらってやるんだ。」

 そういうわけで、トカゲを洗っているのである。

「キッド!てめぇはおれがパーティにいっているあいだ、ちゃんとのこりのちょうちんに、あかりを
つけておくんだぞ!おれがいねぇからってさぼるなよ!」

 トカゲを泡で羊にしながら叫ぶ子犬に、サンダウンは御座なりに頷く。
 この子犬は、本当に獣人の生活に戻っていっていると考えて、良いのだろうか。
 ぼんやりとした疑念が浮かんだが、それは目の前で駆け回る羊トカゲの泡と共に弾け飛んでしまっ
た。