サンダウンは、橙とも茶色とも黄色ともつかないカボチャの実から視線を上げ、その先でぺたぺた
と音を立てながら、巨大カボチャと格闘している黒い子犬を見て、少しばかり頬を緩めた。




 マッドが馬車や家の間取りを考えて絵に描き起こしている間、サンダウンは一番手っ取り早く手を
付けられそうな、カボチャ風呂を作ることにしたのだ。
 サンダウンが鋸でカボチャの潰れた片側を削り、スコップで中身を穿り出し終えた後、マッドはぽ
てぽてと小走りで、右手に絵を描くための木炭を、左手には描き終えた絵を持ってやってきた。
 子供の幼いふくふくとした手で描いたには、あまりにも繊細な絵を見やってから、サンダウンはそ
の絵を型にしてカボチャの馬車と家を作り始める。
 黙々と鋸とスコップを動かす鬼火を、マッドはしばらくの間、尻尾を振って眺めていたが、やがて
その視線はサンダウンが実を掘り終えたばかりの巨大カボチャに移っていく。
 中身を刳り貫かれた巨大カボチャは、ごろりとした器となって、地面に転がっていた。中を覗きこ
めば、底のほうにまだ汁が残っている。思えば、他の彫り終えたカボチャのお面達もそうだった。
 こうやって野菜や果物を削って作った物は、一度よく乾燥させなくてはならない。毎年、マッドは
そうやってカボチャのお面を作っている。日当たりの良い場所にカボチャを置いて、夜露や雨風に曝
されないように厳重に管理するのだ。
 しかし、とマッドは転がった空っぽのカボチャ達を見る。
 今年のカボチャは例年になく巨大だ。日当たりの良い場所に全部並べていたら、あっという間に場
所は埋まってしまうだろう。
 なので、マッドは今にもカボチャに絵を彫ろうとしているサンダウンの名を呼んで、それを止めた。

「キッド、きょうはここまでだ。」

 耳をぱたぱたさせ、マッドはサンダウンに駆け寄る。
 訝しげに動きを止めたお化けカボチャに、マッドはつん、とした顔で告げる。

「きょう、かぼちゃどもをぜんぶくりぬいても、こいつらをかわかすばしょがねぇ。いったんここで
うちどめにして、きょうくりぬいたカボチャがかわいてから、あらためてカボチャをくりぬくことに
しようぜ。」

 そうときまれば、カボチャをいどうさせるぜ。
 マッドはサンダウンの返事を聞かずに、空っぽになったカボチャを一つ、転がしながら日当たりの
良い場所へと運んでいく。
 サンダウンはマッドの後姿をしばらく眺め、ゆっくりと鋸とスコップを手放すと、手近にあったカ
ボチャのお面を片手に一つずつ持って、マッドの後を追いかけた。




 これが、三日前の話である。
 三日間天日干しされたカボチャのお面は、すっかり水気が抜かれ、カラカラになっている。重量も
随分と軽くなった。マッドが蹴飛ばせば、そのままコロコロと転がっていくくらいには、軽い。
 これらのカボチャは巨大すぎて家に入れるわけにも行かないので、雨風に曝されないように何重に
も藁が上に被せられた上に、サンダウンが何処からか持ってきた馬車の幌のような分厚い布地に覆わ
れた。
 馬車の幌を持ってきた時に、マッドが恨めしそうに、

  「てめぇ、やっぱりひとりで、にんげんのすみかにいってるじゃねぇか。ずるいぞ。」

 と言ったが、サンダウンはいつものように無視した。
 カボチャを覆い隠し、無言で残りのカボチャを加工していく。マッドが先日描き上げた図面は、も
ちろん大切にとってあった。
 サンダウンが鋸とスコップで、カボチャと格闘し始めた頃、マッドはトカゲ達と一緒に、一番巨大
なカボチャを引き摺りだしていた。幌の中に保管されていない巨大カボチャは、風呂になるという特
異な役目を与えられているが故に、天日干しだけでは済まされないのだ。
 マッドは巨大カボチャの前に、ブリキの缶と刷毛を持って、立ち塞がる。
 この三日間、マッドはぼんやりとカボチャが乾くのを待っていただけではないのだ。マッドはトカ
ゲ達と一緒に森の中を歩き回り、樹液を流す木を探しては、その樹液をブリキの缶に入れていた。集
まった樹液はブリキの缶の中で、てらてらと輝いている。
 ぬるりとした水面を見せる樹液の中に、マッドは刷毛を突っ込み、たっぷりと樹液を含ませてから、
ぺたぺたと巨大カボチャの表面に塗りたくった。
 巨大カボチャは、刳り貫かれた中に、実の代わりにお湯をたっぷりと入れられ、風呂となるのだ。
しかし、刳り貫かれて乾かされただけの状態にお湯を入れれば、すぐにふやけて使い物にならなくな
る。
 そこで、樹液を塗って、簡単にお湯でふやけないようにしようという魂胆なのである。
 要するに、ニスの代わりである。
 傾けられて、中を曝したカボチャに、マッドは樹液をペタペタと塗りこめていく。この防水加工は
一日、二日で終わるものではない。マッドが小さく、カボチャが大きいから、なかなか全体に樹脂を
塗ることができないという話ではなく、樹液を塗ったカボチャは再び乾かす必要があり、そして念に
は念を入れて、再度樹液を上塗りする。そして再び乾かす、といった作業を繰り返すのだ。
 随分と根気のいる作業だが、マッドがそれを苦にしている様子はない。
 サンダウンの位置からは、マッドの後姿しか見えないが、おそらく顔は真剣そのものだろう。こう
いった作業は子供はすぐに飽きるものだが、マッドは自分で決めたことについては決して途中で投げ
出したりはしなかった。だから、今回のカボチャ風呂もマッドは投げ出さずにやり遂げることだろう。
 マッドの耳と尻尾は微動だにしない。
 どうやら、樹液を塗る作業に没頭しているようだ。周りにいるトカゲ達も、マッドが真剣なことが
分かっているのか、ぴくりとも動かない。
 中身を刳り貫かれたカボチャと、そのカボチャに樹液をぺたぺたと塗っている子犬と、その周りを
取り囲むトカゲと。奇妙な光景である。
 だが、サンダウンはその奇妙な光景に眼を細め、ゆっくりと自分の足元に転がるカボチャへと視線
を戻す。馬車の窓が描かれたそれも、中身を刳り貫かれた後、マッドがぺたぺたと樹液を塗って防水
加工されるのだろう。
 さて、万聖節までに、間に合えば良いが。
 日数を逆算しつつ、サンダウンは思う。
 カボチャの馬車が出来たなら、馬がいないとは言いつつも、マッドはそれに乗るだろう。おそらく、
万聖節の前夜には、カボチャの馬車に乗ってあちこちを駆け回るはずだ。そうやって、魔族を恐怖に
陥らせることが、非常に好きなのだ、この子犬は。
 サンダウンと共にいる時間が長かった所為か、マッドは魔族でさえも恐れる鬼火について、まるで
気にしない。サンダウンについては、カボチャを被った小汚いおっさんと見ている節がある。
 それは非常に危険なことだ。マッドが獣人として生きていく上で、鬼火に慣れ過ぎて良いことなど
ない。それは、野生の獣が人間に慣れると、二度と森に戻れぬのと同じくらいに、危険なことだ。
 だから、魔族達は口を煩くして、早くマッドをこちらに戻せと言う。サンダウンもそれが良いこと
は分かっている。
 しかし、当の本人であるマッドが、まるで危険性を理解していない。それどころか、サンダウンか
ら離れる素振りさえ見せず、あまつさえ万聖節ではカボチャを振り回し、魔族を追い掛け回して楽し
んでいる。
 魔族達にとっては、頭の痛いことだろう。
 しかし、マッドは今の今まで、サンダウンから離れることなど微塵も考えていないのだ。そしてサ
ンダウンもマッドを魔族の元に返さなくてはならないと思いつつも、ずるずるとそれを先延ばしにし
ている。
 カボチャの馬車も、本当ならば作るべきではない。マッドがそれに乗って万聖節の前夜に駆けるこ
とも止めさせるべきだ。
 けれども、サンダウンも真剣にそれをしない。理由など、言わずもがなだ。
 あの、小さな子犬を、手放したくない。
 手放すべきだと分かっていても、孤独な魂にはそれを本気で推し進める力はまるでない。あまりに
も身勝手であるとは分かっている。だが、鬼火となった魂は、業が深い故に、炎だけの存在に成り下
がり、生と死の狭間を延々と彷徨うのだ。
 マッドの小さい後姿を、もう一度見る。真剣に刷毛を動かす姿には、背後にいるサンダウンへの警
戒は全くない。至って真面目くさって、カボチャに樹液を塗っている。
 獣人の寿命は長い。けれども鬼火ぼどではない。何年経っても大きくならないマッドは、しかしい
つか確実に大人になって、何処かに行くだろう。本当はすぐにでも手放すべきなのは分かっているが、
どうかそれまでは、と腹の底でひっそりと願っている。
 マッドが自分の意志で、サンダウンを置いていくまでは、サンダウンはマッドが望むことをしてや
るだけだ。
 再びカボチャに向き直り、鋸でカボチャに穴を開け始めた。