視界の端で、ぱたぱたと黒い耳が動いている。
 それに合わせて、茶色いトカゲ達も尻尾を動かしている。
 彼らの意識は、目下、ぎこぎこと鋸を使ってカボチャに穴を開けているサンダウンに向けられてい
る。
 巨大化したカボチャに顔を付けるのは、毎年マッドの役目である。型紙と木炭を使ってカボチャに
顔を描いていく。そして、描かれた顔どおりに穴を開けるのはサンダウンの役目であった。小さいマ
ッドには鋸など使わせられないし、まして今年のカボチャは巨大である。変にマッドがカボチャを支
えて、つるりと鋸がずれたりしたら大惨事である。
 故に、サンダウンは誰の力も借りず、マッドとトカゲの目の前で、ぎこぎこと鋸を曳いているのだ。

「こいつらのいえにでもなりそうだな。」

 ごろんごろんと無造作に転がされた、中身を刳り貫かれたカボチャを見て、マッドが言う。そして
マッドが言う前に、既にカボチャの中に入っているトカゲ達。カボチャに開けられた眼や口から、顔
をひょっこりと覗かせている。

「ひとつくらい、いえにしてもよかったかな。」

 まだ残っているカボチャをちらりと見て、マッドが呟く。

「………家の形に刳り貫くのなら、早く決めろ。」

 カボチャに空いた穴に、ぐぐっとスコップを埋めながら、サンダウンはマッドの独り言に対して答
える。カボチャがお面になろうが家になろうが、中身を刳り貫くのは、今年はサンダウンの役目であ
る。
 去年はマッドがスプーンで中身を抜き出し、それをペーストにして保管していたのだが、今年はや
はりカボチャが巨大すぎて、小さいマッドがスプーンで中身を刳り貫くのは難しい。なので、マッド
に、暇だと認定されたサンダウンが、スコップで中身を穿り出すことになったのだ。
 マッドは悩んでいるのか、耳をぱたぱたさせながら、まだ穴の開いていないカボチャと、中身が空
っぽになったカボチャを見比べている。加工前のカボチャの上ににはトカゲ達が乗かっており、加工
後のカボチャの中にはトカゲ達が入っている。
 どちらのトカゲも、マッドの決断を待っているようである。
 尤も、トカゲにとっては別にカボチャがどんな形になろうが、どうでも良いことに違いないのだが。
カボチャのお面の中に入っているのも、一時の遊びのつもりだろう。箱の中とかに入っていることも
あるが、別に猫のように狭いところが好きというわけでもなさそうだし。
 マッドがカボチャに何をしても、トカゲが文句を言うわけがない。

「………いっそ、馬車にしてやろうか。」

 ほじほじとカボチャの中を刳り貫き、中身を種ごと瓶の中に入れながら、どうでも良さそうにサン
ダウンは提案した。カボチャのお面でないのなら、サンダウンにとっては家も馬車も同じである。
 すると、マッドの黒い眼がきらりと煌めいた。

「ばしゃなんて、しゃりんをどうするんだよ。」
「お前の使っている荷台の車輪の予備があっただろう。あれを取り付ければ良いだけだ。」

 予想と違って食いついてきた子犬に、しかしサンダウンは別に動じないまま答える。きゅっきゅっ
と瓶の蓋を締め、マッドに手渡してやりながら、新しいカボチャに手を伸ばす。

「まあ、お前がきちんと座れるような大きさのカボチャはないから、もしもお前が乗るような形にす
るのなら、馬車の天井部分は取り外しになるな。カボチャの上側を蓋にしたカボチャの容器があるだ
ろう。あんな感じだ。」

 鋸を構えながら説明してやると、マッドが急に口を尖らした。

「うまがいねぇぞ。うま。」

 おれははりこのうまなんていやだからな。うごかねぇうまなんて、うまじゃねぇんだぞ。
 これが最後の問題点だ、と言わんばかりの真面目くさった表情で言うマッドに、サンダウンは答え
る。

「トカゲに牽いてもらえ。」

 足元で、トカゲが、きゅっと鳴いた。サンダウンの言葉に抗議したわけではなく、ただなんとなく
自分達のことを言われていると気づいて、鳴いてみたようだ。
 カボチャの馬車を牽くことになるかもしれないトカゲ達は、なんだか幸せそうな顔をしたまま、き
ゅいきゅいと鳴く。
 マッドは、周りにいるトカゲを見回し、

「それはもう、ばしゃっていわねぇんだぞ。」
「お面だけで良いのか?」
「いえがいつつ、ばしゃがひとつ、あったらいいんだぞ。」

 そう言うと、尻尾を振りながら家の中に駆けこんでいく。その後を、トカゲが何匹か、追いかけて
いく。
 そして戻ってきた時、マッドの手の中には木炭が握られていた。どうやら、カボチャに線を引き直
すようだ。

「おれがカボチャにせんをかきなおすあいだに、あんたはのこりのカボチャをくりぬいてろよ!」

 カボチャを六つ餞別し、マッドはゴロゴロとカボチャを転がして、家と馬車に必要な窓などを示す
線を、木炭で描き始める。その周りを、自分達も何か仕事をしているつもりになって、うろうろとす
るトカゲ達。
 背中を丸くしてカボチャと向かい合っていたマッドが、不意にサンダウンを振り返り、

「ねんのためにいっとくけど、いちばんでかいカボチャは、くりぬくだけだからな!」
「………知っている。」

 自重で潰れて、通常のカボチャを半分で割ったような形をしている巨大カボチャについて、マッド
はお面にも家にも馬車にもしないと言った。窓を開けないのだ。

「風呂にするんだろう?」
「そうだぜ!」

 中身を刳り貫いて、器にして、そこにお湯を張って風呂にするのだ。

「あんたが、おにびじゃなけりゃ、まるあらいしてやるんだけどな。」 

 再びカボチャに向き直って、せっせと線を引きながら、マッドは言った。
 サンダウンの家である木の洞の中には、もちろん、簡易ながらも風呂はある。小さいたらいのよう
な風呂だが、それで特に困っていないのは、その風呂を使用しているのが専らマッドであるからだ。
たまに、トカゲも入っていたりすることもあるが。
 当然のことながら、サンダウンは入らない。別に風呂嫌いとかではない。マッドが言ったように、
鬼火だからだ。鬼火は依代であるカボチャ以外は、魂で出来ている。ぬっと背の高いサンダウンの影
は、それ自体がサンダウンの魂なのだ。
 サンダウンが着ているポンチョや帽子は、よく分からないが。
 なので、マッドが望むようにサンダウンを丸洗いしたところで、サンダウンが小奇麗になるわけで
はない。小汚いものは小汚いままである。

「におわねぇのがせめてものすくいだな。」

 外面は小汚いおっさんである魂は、魂であるが故に、加齢臭とかはない。

「これでもし、においでもしたら、おれはあんたがおにびで、みずにつけたらしぼんじまうんだとし
ても、ほんきであらいおとしてやるぜ。」
「……………。」

 鬼火は魂が燃え盛っている炎なので、水につけたところでどうってことはない。
 が、風呂嫌いではないが風呂好きでもないサンダウンは、何の意味もない風呂に入りたいとは思わ
ない。マッドが聞けば『そういうのを、ふろぎらいっていうんだぜ』と言いそうだが。

「………トカゲを入れるのか?」

 風呂の話題から自分を遠ざけるために、罪もないトカゲ達の話題を振る。まあ、トカゲは風呂が嫌
いではなさそうなので、問題はない。

「おう、あいつらいっぴきずつふろにはいってるからな。これならいちどにおおぜいはいれるぜ。」
「そうか………。」

 トカゲ用の風呂になるのか、巨大カボチャは。
 カボチャの中に、みっしりと詰め込まれたトカゲを想像し、奴らはそれで良いのだろうか、と足元
にいるトカゲを、サンダウンは見下ろした。