黒い子犬であるマッドは、眼の前に広がる光景と、頭上高くにあるサンダウンのカボチャ頭を見比
べて、難しい顔をしていた。
 カボチャを寄る辺とする鬼火であるサンダウンを養い親とするマッドの趣味の一つに、家庭菜園が
ある。トウモロコシやらナスビやらキュウリやらを、毎年育てているのだが、本来の目的はサンダウ
ンが被っているカボチャの替えを、自家生産するためである。
 以前はずっと小さいカボチャしか獲れなかったのだが、年々マッドの自家栽培の腕が上達してきた
のか、カボチャは大きくなりつつある。それでも、サンダウンが被るほどの大きさではなかったのだ
が。
 マッドは、眼の前に広がるカボチャ畑を見て、そしてサンダウンのカボチャ頭を見上げる。

「………なんでだ。」

 呟くマッドの声に対して、サンダウンは答える術がない。
 今年、マッドの育てたカボチャは、一律、皆、巨大化していた。サンダウンのカボチャ頭を一回り
も二回りも、超える大きさに。
 一番小さなカボチャでも、大人が両腕をいっぱいに伸ばして、やっと胴回りを抱えられるほどの大
きさがある。一番大きなカボチャに至っては、少し屈んだ大人ほどの大きさもある。

「なんでだ。」

 確かに、年を追うごとにカボチャは大きくなっていた。
 しかし昨年のカボチャは、まだ、マッドが両腕で抱えられるほどの大きさだったはず。それが何故、
いきなりこれほどまでに巨大化したのか。何かの突然変異じゃないのか、とマッドが疑うのも無理は
ない。

「キッド!てめぇ、なにかしたんじゃねぇだろうな!」

 カボチャの間で視線を彷徨わせていたマッドは、サンダウンのカボチャ頭に視線を留めると、理不
尽極まりない疑いを口にした。
 サンダウンの何をみて、カボチャを巨大化させることができると踏んだのか。

「てめぇのことだ!ころもがえをするのがいやで、じぶんがかぶれないくらいカボチャをでかくした
らいいとかおもったんだろ!」

 一年中同じカボチャを被りっぱなしのサンダウンの無精さから、マッドはカボチャ巨大化の犯人は
サンダウンであると考えたらしい。
 きゃんきゃんと吠える子犬に、そんなことをするか、とだけ告げて、サンダウンはそれにしても見
事に巨大化したカボチャ頭を睥睨した。昨年までは緑色の蔓の間に、オレンジ色のカボチャが顔を覗
かせているのが普通だったのだが、今年はカボチャの間に蔓が見えている状態である。
 そして、そんな異常な事態であるにも関わらず。己には関係ないと言わんばかりの――むしろこの
異常さを楽しんでいるかのように、巨大カボチャによじ登っている、トカゲ達。いつもよりも目線が
上がるのが嬉しいのか、我先にとカボチャによじ登っている。
 カボチャとトカゲにまみれた畑を見つつ、しかし、とサンダウンは呟いた。

「味は大丈夫なのか?」

 サンダウンの言葉に、子犬が、なに?と聞き返す。 

「あれだけ巨大になると、大味になりそうだ。」

 特に、と半ば自重で潰れかけたような格好の、一番巨大なカボチャに、カボチャ頭の刳り貫いた眼
を向ける。
 あの巨大カボチャは、おそらくカボチャとしての旨味は消え失せているだろう。あらゆる力を巨大
化のほうに費やしたであろうから、味も完全に失われている可能性がある。次世代を残す種さえ、あ
るかどうか。
 サンダウンがそう告げると、マッドは、ふん、と鼻を鳴らした。

「べつにかまわねぇよ。どうせペーストにしてあじつけするんだしな。たしょうあじがわるくったっ
てくえねぇことはないぜ。」
「だが、全部は保管できないだろう。」

 目の前に広がるカボチャ全てをペーストにすることは不可能だ。

「だからかまわねぇって。もともとあれはカボチャあたまにするためにつくってたんだからな。くえ
なくなったっていたくもかゆくもねぇぜ。ぜんぶなかみはくりぬいて、かざりつけてやったらいいん
だ。」

 ばかなちびどもは、おそれをなしてにげだすぜ。  
 誰にとっても悍ましい存在である鬼火を、微塵も恐れぬ子犬は、毎年恒例のお化けカボチャのラン
タンを作り上げ、他の子供達を脅かす心づもりであるようだ。
 また騒ぎになるな、とサンダウンは視線を、カボチャの上に乗っている円らな眼をしたトカゲを通
り越して遠い場所へと飛ばす。しかも今年のカボチャは巨大だ。巨大なお化けカボチャが襲来したと
して、子供達は泣き叫び、大人達は血戦の準備を始めることだろう。
 早めに、それとなく、今年はマッドがこんなことを考えているという情報を流したほうが良いかも 
しれない。

「キッド!おれのさくせんをだれかにばらしたりするなよ!てめぇはいつもはしゃべらねぇくせに、
かんじんなことろでぼろをだすからな!」

 サンダウンのささやかな心裡は、マッドによって阻まれる。
 マッドは、とにもかくにも、この時期、誰かを死ぬほど驚かせずにはいられないらしい。

「……だが、あの一番巨大なカボチャはどうするつもりだ?」 

 もうどうとでもなれ、という心境であるサンダウンは、自重で潰れかけたカボチャを指して問う。
潰れたカボチャは、刳り貫いてもランタンにはなるまい。中身も料理には使えないだろうから、最終
的には捨てるという結論になるだろうが。
 マッドは、可愛らしく小首を傾げて、むーと唸る。どうやら、マッドもあの巨大カボチャの処遇に
ついては頭を悩ませているらしい。
 なにせ何の役にも立たないのだ。マッドも良い考えは思いつかないらしい。目下、トカゲの山登り
に使われているだけである。

「あれだな。ずうたいがでかいだけだとじゃまになるっていういいれいだな。」

 何かを悟ったかのように、何故かサンダウンを見上げて頷くマッド。
 何が言いたいのかは、敢えて問わない。大体、言いたいことは分かるし、それについて言及すれば、
マッドから何十倍にもなって言葉が返ってくるのだ。だから、言わない。

「とりあえず、なかはくりぬこうぜ。」
「………時間がかかると思うが。」

 何せあの巨大さだ。刳り貫けば、大人も屈めばすっぽりと入れそうな大きさだ。
 だが、マッドはそれがどうした、と耳をぱたぱたさせる。

「あんた、ひまじゃねぇか。」
「………………。」

 刳り貫くのは、サンダウンの役目であるらしい。まあ、マッドは小さいから、あのカボチャを取り
扱うことはできなさそうだ。あのカボチャに限らず、今年のカボチャ全てに、同じことが言えそうだ
が。
 トカゲをぺったりと貼り付けたカボチャ群を見つつ、マッドは少しも大きくならないな、とサンダ
ウンは頭の片隅で思った。